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 ところが、屋敷内の武道場に入った瞬間、柏原はこう言った。 「さて、訓練が始める前になんか披露して。一発技でも何でも」 「あの、すみませんが、一発技とは……」 「つまり、なんかやって私を笑わせなさい」 「は、はい?」  杉立は口を開いてぼーっとした。 「それはだめよ」 「申し訳ございません」  両手を左右に揃え、目を下に向けてお辞儀した。けれど、あの言葉がもう一度耳に入った。 「真面目すぎ」 「失礼いたしました」  柏原は何も応じなかった。ただ前に一歩踏み出し、人差し指を杉立の顎の下に置いて頭を上げさせた。  まっすぐな目に鋭い視線。先ほどの目つきとまったく違って、相手を殺そうとするように杉立を見つめている。 「できないと、死ぬぞ」  周囲から冷たい風が入り込む。春がすでにやってきたはずだが、ここではまだ冬だった。
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