バンドマンは雨を降らせたい

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 いや、そんな大雨だろうがあいつらは雷警報ぐらい出ないとライブを中止するなんてしないだろう。あいつらにとってライブはお祭りで、観客一体となって作るイベントだから。俺たちはまだ、奴らの前座しか任されたことはない。年齢は関係ない。俺より若い十代の奴らが次々メジャーデビューしていく。俺たちがどんなに駅前で歌った回数が多くてもだ。  何が俺たちとあいつらメジャー組を隔てるのかは分からない。あいつらが流行の「EDM」の音を楽曲に取り入れるから?   断続的な雨音が空しい。窓の外は暗くなりつつある。梅雨入りも近い。だが、今日じゃない。なのに、大雨だ。  どしゃぶりで、テレビの小さい音量ではニュースは聞こえない。芸能人が死んだらしい。家族葬でひっそりと葬儀が行われたそうだ。  ひっそりだろうがなんだろうが、芸能人は誰から見ても知られた存在なのだろう。俺たちは無名だ。この地球上で俺達のことを知っていて、かつファンで、応援してくれる人なんているのだろうか。  ときどき、親父を恨みたくなる。高校を出て、就職活動をはじめたころには親父もお袋も、俺のことを馬鹿息子と呼ぶようになる。仕事を早く見つけろとか、内定はまだ取れないのかとか。  俺は就職活動のエントリーシートの夢を語る欄に「バンドマンになりたい」と記載していた。そのせいかは知らないが、俺は就職活動の面接まで到達できずに非採用通知がなされていたのかもしれない。だから、いつまでたっても俺は仕事にありつけなかった。ボーナスも昇給もないバイトを何年も続けた。  冷蔵庫から出して数時間が経った缶ビールが生温い。滝のような雨音は俺の神経をガリガリと削る。  変だよな。二十歳の誕生日が来た瞬間に、俺らは酒を飲める。同時に、将来の夢が「叶う具体的なもの」でないと認められなくなる。「アパレル会社の非正規雇用。ただし、将来正社員になる可能性あり」の方が「名もない無名バンドマンのギター」より将来性があるとされる。  雷がどこかの屋根に落ちたような音を立てた。雨はよりいっそうアパートの屋根を打ちつける。俺には絶対音感がないから、その雨の一粒の音が何の音かは分からない。絶対音感のない人間は相対音感を鍛えればよい。だけど、それだけじゃメジャーデビューはできないんだ。  じゃあ、俺達は努力が足りていないのか? 路上ライブして町の人にアピールするのは当たり前、音源を収めてレーベルに送りつけたり、ユーチューブで音楽配信もやってみた。それなのに、俺たちは「その辺によくいるバンドマン」という型から抜け出せない。口コミ? そんなものはない。俺たちは、有名になれない何かを抱えている。そうとしか思えない。努力しても殻を破れない。努力しても同じような努力をしたバンドマンは五万といる。じゃあ、俺たちとの違いって何だ。俺達は誰から見れば魅力的に映る?  ギターは、悲しい音を立てる。といっても、「ミラレソシミ」という、何のコードも押していない開放弦の六弦から一弦にかけてのチューニングをしただけだが。  温度と湿度で音が変わるギターは気まぐれな楽器だ。ピアノが調律をほとんどしなくても同じ音を保つのに対しギターはおおざっぱな楽器で、ほぼ毎日のチューニングが必要だ。  スマホが鳴る。明日、ライブが決まったらしい。ボーカルのリーダーからだ。また別のバンドの前座をすることになったらしい。俺たちは、今持っている音を届けるだけだ。  雨音が悲しい。だけど、俺達は前座とはいえ必要とされている。そう思うと、激しい雨音も悪くないと思えた。
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