60人が本棚に入れています
本棚に追加
プロローグ
「ひと~り暮らしは~楽しいな~」
3日連続の宿直が終わり、ナチュラルハイになりながら鼻歌まじりに早朝の道を歩いていた。
コンビニに入りお弁当を選んでいると『サーッ』と雨の降る音が聞こえて来て、窓の外を見ると土砂降りの雨とは対照的にやけに薄明るい空が広がっている。
ぼんやりとその光景を眺めていると、見覚えのある姿が目に飛び込んで来た。
十年間、一度たりとも忘れた事の無い姿。
色素の薄い髪の毛と瞳。
男にしては白すぎる肌。
顔は天を仰ぎ、空を見上げている。
俺は慌てて外に飛び出した。
その人は飛び出した俺に気が付くと、ゆっくりと振り向き
『穂高、雨が歌ってる』
そう微笑んで呟いた。
十年前の、二十六歳のままの姿をした愛しい人がそこに立っている。
叩きつけるような雨の中、俺は考えるよりも先に反対車線側の歩道に居るその人を抱き締める為に走り出した。
そんな俺に、愛しい人が優しい笑みを浮かべて俺を見つめた。
『穂高……愛してる……』
唇がそう動いたと同時に、俺はその人を抱き締めた……。
そう、抱き締めたつもりだった。
でも、その姿はまるで霧のように消えてしまう。
俺は何も残らなかった両手を見つめ、小さく笑ってその場に崩れ落ちた。
あれから十年。
俺は未だに何も変わってはいない。
ずっと、傷付ける事しか出来なかった最愛の人の影を追い続けて生きている。
「真雪……」
ポツリと呟き、叩きつけるような雨が降る空を見上げた
最初のコメントを投稿しよう!