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俺は王だった。
そこにいる誰もを、完全に統治できた。
一つにまとめることも、ばらばらに解きほぐして自由にすることも、この手一つで簡単に出来た。
極彩色のライトが壁面や踊る人の肌の上で弾けて散る。
足元から伝うような低音が下腹部に響く。
この指先で音を、音だけでなく、音の先にいる人間を操るような、あの感覚。
リズムやメロディを、もっと脳と体に直結するような音に作り上げ、与え、焦らし、一番いいところでぶちまける。
その瞬間に爆発する熱狂。
あの瞬間。
あの一瞬に噛みあう音と音。
割れるような歓声。
――あの、瞬間。
キャーッ‼ と、ワイングラスくらい簡単に割れそうな高音が響く。
ギャハハウフアヒャハハと怪獣みたいな笑いがそれに続いて、激しいけれど軽い足音がどたどたと周囲を駆け回った。
「ほら、機械やコードが一杯だから走ると危ねーぞー」
初回は子どもという未知の生物とその暴虐ぶりにビビり倒したが、二月もたつと無感情にこんなことも言えるようになった。
コツを掴んだのでも慣れでもなく、ただの麻痺だ。
DJ日光(にっこう)ニコニコ子どもDJ教室。
馬鹿みたいな名前だ。
知り合いのMCが「韻踏んどけ」と雑に命名した。名づけを感謝はしていない。
対象年齢は七歳から十八歳までだが、今日のような午後の早い時間に来るのは大体親同行で来る十歳にもならないようなガキどもだった。
「せんせー! ねえせんせー! ねーえー‼」
「聞いてる聞いてる。どうした」
「やすみじかんおわったら、ボタンおすのやろー」
「サンプラーな」
「ナンプラー‼」
何がそんなに面白いのか自分で言ったナンプラーに受けて笑いながら、一番小さく一番やかましい男子小学生は自分の席に走って戻った。
全員分のDJセットを用意する金銭的余裕などなく、また子ども一人一人にそんなものを用意しても目が行き届かず壊されるだけだというのも簡単に予想がついた。
自分に出来る一番現実的な形として、基本的には音楽を聞かせてみて、実際にやってみせて、そしてその後で順番に機材を触らせてみる。
少人数なので、全然機材に触れないという不満も出ずになんとかなっている。
こんなことしねーと稼げねーなんてな。
そう言って鼻で笑った知人の言葉は、そのまま俺の思いでもあった。
子どもに教えるのを悪いとは言わない。
ただ、そういうことをやってる大人は、真面目にこのカルチャーを健全な形で子どもたちに広めようとしていたり、後進を育てようとしているのであって、俺のように食い詰めて始める奴は、まあ、そう言われるのも仕方がなかった。
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