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第9話
しばらくそうしていただろうか。
気がついたら血も涙も雨に流され、俺は全身を浄化されたような気分になっていた。
(流石に帰らねばならんな……)
すぐそこにある駅の方へと向き直り、俺はヨロヨロと歩き出す。
駅に近づいた途端に人が増える。
周りから聞こえる異常な姿の俺を笑う声。
俺とて、こんな状態でいたいわけではない…
しかしそんな心の叫びは、周りの無情な大人たちには届くはずもなかった。
俺は何とかホームへとたどり着いた。
電車が来るまでの数分間、俺はただ線路に降り注ぐ雨を眺めていた。
するとその時………
「あれ!五郎くん!?」
声のする方を見ると、同じクラスで同じテニス部の……雨宮梨々さんが立っていた。
「えっ!五郎くんどうしたのその格好!」
梨々さんは、クラス一の美少女だ。
しかも明るく性格も優しく、成績も優秀だ。
まさに非の打ち所のない女性であり、学年でも最も人気であると言っても過言ではない。
実は訳あって俺と優、そして男子二人と梨々さんともう一人の女子。計6人で、ゴールデンウィーク中に遊びに行ったことがある。
その時、梨々さんが優に恋しているということは何となく察しがついた。
それからというもの、俺は梨々さんと極力無駄な会話をしないようにしていたのだ。
「いや、今日傘を忘れてだな……」
「ええ風邪ひいちゃう!待って、今タオル貸すからね!」
女子の方は部活動があったのだろう。
梨々さんは大きな部活用のバッグからタオルを取り出し俺に渡してくれた。
「今日部活はあったんだけどこの雨だからミーティングだけになったんだ。だからそのタオル、梨々も使ってないから!」
大きめのタオルには可愛らしいキャラクターが描かれていた。
梨々さんらしい優しい色のタオルからは、ふんわりと柔軟剤の香りがした。
「ありがとう」
笑顔でタオルを貸してくれる梨々さんに礼を言い、俺はあちこちの水分を吸う。
「寒いと思うから、これも着て!」
梨々さんは、部活で着るウィンドブレーカーも差し出した。
「流石にこれを借りるのは…」
「いいからっ!五郎くんが風邪ひいちゃってもし学校お休みしたら、みんな悲しむよ?」
「そんなわけなかろう」
「本当だよ!梨々はすっごい悲しいもん。ほら!これ着て!!」
そう言いながら梨々さんはウィンドブレーカーを広げて俺の肩にかける。
幸い、俺は男にしては細身な方だ。
その為か、梨々さんのウィンドブレーカーを軽く肩にかけるだけでだいぶ寒さを凌げるような感じがした。
「……ありがとう梨々さん。何から何まで申し訳ないな……」
肩から香る梨々さんの香りに包まれながら、俺はこれまでにない安心感に浸っていた。
「どういたしましてっ!」
ニコニコと笑う梨々さんの笑顔には、こんな鬱々とした雨の日をも晴れにしてしまうような暖かさがあった。
彼女の惜しみない優しさに、きっと誰が相手でも同じことをしただろうと分かっていながらも、俺は妙な鼓動の高まりを自覚せざるを得なかった。
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