チンパンジー

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チンパンジー

 人間のセックスとそう変わらない。向かい合った雌に雄が挿入する。人間のそれと違うのは、前戯も後戯も省略されるってことだ。挿入から一分もしないうちに、雄は雌から離れていった。そりゃ、そうだ。だって、人間のセックスとは目的が違う。 「いてぇって!」  ミチオの足が太腿を蹴り上げたけど、痛みはあんまり感じない。体中の血液が沸騰したみたいに熱かった。ミチオの背中に肘から体重をかけて、貯水タンクに押し付けると、ギプスがぶつかって鈍い音がする。 「いてぇから!」  狭いトイレの個室じゃ、片腕しか自由がきかないミチオより、こっちの方が有利だ。 「痛いの、好きやん」 「好きなわけねぇだろ!」  ハーフパンツを下着ごとずり下ろした。そこがどうなってるかなんて、見てる余裕はない。ミチオはひたすら抵抗を繰り返したし、俺はそれを押さえつけることに必死だった。蝉の声がやけにうるさい。  殆ど衝動的だった。フィクションでは人殺しに原因がある。だけどきっと現実には、原因なんてないと思う。目についたトイレにミチオを押し込んだのは、多分、それに似てる。殺すつもりなんてない。ただ、マサキみたいに、ミチオをめちゃくちゃにしてやりたかった。  入り口が何処にあるのかは分からなかった。マサキのことは受け入れるくせに、俺のことを拒み続けるミチオにイライラさせられる。こうなったのは、ミチオのせいだ。ミチオが馬鹿な犬だからだ。ミチオが馬鹿の癖に、俺を自分と同じだって言ったからだ。硬くなった内臓を握りながら、ミチオの入り口を探した。その間もミチオは怒鳴り続けて、足をバタつかせた。 「マジでヤダって」  先端がミチオの入り口を漸く見つけて、ミチオの体が硬くこわばった。俺は自分を無理矢理ねじ込む。 「きっつ……」  女の子とは、全然違う。ミチオは諦めた様に、なにも言わなくなった。聞こえてくるのは、俺の馬鹿みたいな息遣いと、ミチオの苦しそうなうめき声と、それから、鼓膜を食いちぎりそうな、蝉の声だ。  いつから雨が降り出したのか、表に出ると、ひどい土砂降りだった。体はまだ熱い。それでもずっとマシだった。どんより曇った空がチカチカ短く瞬いて、しばらくすると重くて鈍い雷がなった。ポケットからタバコのボックスを引っ張り出す。ミチオが暴れたおかげで、ぐちゃぐちゃだった。まだ潰れてないタバコを口に咥えて火をつける。 「最低やん……」  最低のセックスだった。無理矢理ミチオを犯した俺も最低だった。ただ、虚しくて、自分が馬鹿みたいだ。最低だ。本当に最低だ。立っていられなくなって、汚れた床の上に座り込む。劣化していく精子の匂いとミチオの匂いが混じって鼻をついた。それから自分のしたこが、どれだけ酷いことだかをまた思い知る。こんなことしたって、絵が描ける様になるわけでも、親父が復活するわけでも、ミチオがマサキの所に帰らなくなるわけでもない。 「サルかよ」  ミチオの声がして、だけど顔を合わせられるわけもなく、膝に顔を埋めた。ミチオには何をされたって仕方なない。それに、サルの方がずっとマシだ。 「ごめん」  謝って済む様な問題じゃないのはわかってた。だけど、謝ることしかできなかった。 「謝って済むかよ」 「ごめん」  指先に挟んだタバコを、ミチオが奪う。それから衣擦れが聞こえて、すぐ隣にミチオの体温を感じた。ミチオの腕が肩に回る。ミチオのシャツからはマサキの匂いがする。 「……ごめん」  後悔なんて、なんの意味もない。  ミチオが言った。 「死ねよ、ヘタくそ」  次の日、親父が死んだ。
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