22・心、キミ逝く。

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 見上げた広い空に浮かぶ羊雲。その流れを追っていると、後ろから声をかけられた。 「……沖野さん」  すぐに振り返ると、雨宮さんが立っている。 「あたしも、キヨミさんにお花、持って来ました」  手にしているのは、目にも鮮やかな黄色のガーベラ。 「それは……」 「あ、気が付いてくれました? うちの看板に描かれているガーベラです」  僕が答えるよりも先に、彼女はお墓に花を手向けながら話してくれた。 「花言葉は、〝究極の愛〟〝親しみやすさ〟〝優しさ〟です。なんだか、全部キヨミさんみたいだなって思って、これを選びました」  手を合わせて、雨宮さんは一生懸命に目を閉じたままキヨミにきっと話しかけている。 「嘘ついて……ごめんなさい」  ぽつりと、こぼした雨宮さんの言葉に、僕は首を振る。 「あの日、雨宮さんと出会わなければ、きっと僕はキヨミのことを何も知らずにただ後悔して生きて行かなければならなかったんだと思う。雨宮さんがついてくれた嘘が、キヨミと関わった人たちを結びつけてくれた」  百代さんや孝弥くん。他にも、たくさんの人にキヨミは愛されていたんだと知ることができた。何も知らなかった僕に、みんながキヨミのことを教えてくれた。 「僕が愛した人は、やっぱり素晴らしい人だったんだと、改めて感じたよ。ありがとう、雨宮さん。あの日あの時、僕に声をかけてくれて」  こちらに振り返った雨宮さんに微笑むと、彼女も安心したように微笑んだ。 「そして、出来ればこれからも、キヨミと繋がる縁を大事にしていきたいんだ。良かったらまた、孝弥くんや百代さんもまじえて、食事でも」 「……はい、ぜひ」  空がこんなに広いなんて、知らなかった。  毎日毎日、すぐ目前のことばかり気にして過ごしていた。高みに登ろうと必死になっていた。目指すところは、すぐ目の前の壁を超えたところにあると。周りが見えずに盲目になっていた。  世界は、こんなにも広くて美しいことを、思い出す。  あの日、僕がこの街へ来たのは、現実逃避の為じゃなくて、キミと出逢うためだったのかもしれない。何も知らない地に降り立って、何も知らないことに恐れて、自分の知る範囲の中で動くことしかしてこなかったから。  キミが、僕を狭い世界から引き出してくれたんだと、今なら感じる。  見上げた青い空に、キヨミの影が見えた気がした。  キヨミが繋いでくれた人達の絆は、絶対に離したりはしない。これから先、僕が守っていくから。キミが残してくれた言葉の通りに、きっとやり切ってみせる。 ーユウくんは自信を持って前に向かって。ー  キヨミが日記に残した言葉を胸に、前を向いて歩き出す。  曇り空から一筋の光が差し込んでくる。  やがて、世界は明るく照らされる。鬱陶しい梅雨が終わり、晴れを迎え入れ、落ち着いた気温に、キミと再会した冬が来る。そうして繰り返す季節の中で、僕はまたキミのことを想っては、前を向く力に変えていく。明日への一歩がきっと、明るくなる。  キミと出逢えた奇跡に、心はずっと強くなっていく。 了
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