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日暮れの訪問
最後にここを訪れた時は、未だ診療に訪れる患者でごった返し、白いエプロンを身に纏まとった絵里子さんの笑顔も有ったのに。
あれから僅か数年の間に……誤った方向に進化でもして来たように、退廃に堕ちてしまって見えた。
「お待たせしてしまったね」
奥の部屋から戻った御都部は、小さな盆の上に、瀟洒な珈琲カップを二つ乗せ、向かいの椅子に腰掛けた。
「お父上の三回忌にも伺え無くて、申し訳無かったね」
言葉と共にどうぞ──。と珈琲を奨められ、
「いえ、それは……お互い様です」
テーブルを滑って来た珈琲カップを受け取り、
「こちらこそ、ずっと仕事が立て込んでたもので、すっかりご無沙汰してしまって」
その言葉は我乍ながら体裁ぶって聞こえ、自分の耳に返って来ると嫌な物に変貌した。
こっちとしては、お互いの父親が他界した切っ掛けを、縁切りの機会としたのだから。
絵里子さんの……細君の訃報にもそれは譲らなかったんだから。
病で臥ふせって居るとは聞き及んでいたが、季節を跨ぐ事無く絵里子さんが逝ったのは昨年の事だった。
『しかし──この部屋……』
ぐるりと見渡すと、前に訪問した時との印象の違いに、何故か僕はゾッとした。
彼の父親が存命中は、無駄な調度品などは一切無かった。
整列号令を掛けられたように、整えられた、書類を始めとした品々は、亡き父上の気質が、そのままこの診察室を形成して思えたのに……。
──何をどうしたら、こんなになるんだか……
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