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怪物
私 : N、私はこの物語内世界を、ものが足り得る世界にするために、私のことを書かなければならないと、思った。そうしなければ、私の作品は他でもない私自身の来訪によって完結することがなく、私たちはひとりぼっちになってしまうと考えたからだ。
KP : あなたと N の他に、もうひとり、語りかけてくる誰かがいる。それは早い段階で君が気づいていた通りだ。世界に散りばめられた言葉が震え、渦を巻きだす。
私 : だから私は、N、私を最初に語ってくれた「私」とひとつになることを選んだ。私が作品をつくるために何度も書いては消してきた言葉を拾って、私は私を語ろうと思ったのだ。
KP : 渦の中心にいるのは、あなたと N を乗せた舟、いや正確には舟の真下のおおきな魚であった。もはや骨のみに等しい魚はがぶりがぶりと色のない波を振り仰ぎ、どう、と深くのけ反ってあなたたちの前へ姿をあらわす。
おおきな魚は、もはや魚と形容できるほど輪郭をつくるだけの言葉を残していない。がらんどうの骨組みは削り取られたかつてのどこかの言葉のつぎはぎに過ぎず、抉られたものを無理にかき集めているに過ぎない。
しかし、痛々しい言葉もどきたちの奥に、ぬっくと一本突き立っている文字の連なりが蠢いている。あなたは自分たちを捕らえるように牙を剥き両腕を拡げているそのさまに、悍ましさの片鱗を見た。
KP : 【SANチェック 1/1d3】
鳴海 純(なるみ じゅん) : CCB<=59 SANチェック (1D100<=59) > 91 > 失敗
鳴海 純(なるみ じゅん) : 1d3 (1D3) > 1
system : [ 鳴海 純(なるみ じゅん) ] SAN : 59 → 58
KP : <目星>
鳴海 純(なるみ じゅん) : CCB<=60 目星 (1D100<=60) > 46 > 成功
KP : 文字の連なりはだんだんと人間らしき輪郭をとりはじめ、その姿は N にとてもよく似ていた。
私 : これは、「私」の語る描写だ。私は書こう。どんな言葉であっても、作品から削ぎ落された言い回しであっても、「私」たちだって日の目を見たい。そのためには、この物語内世界を語りきって、作品を完成させなければならないのだ。私は書かねばならない。
だからこれは、「私」たちの氾濫だ。
KP : 天を覆わんと、「私」と名乗る語りの描写はちいさな魚たちをなぎ払うように身をぶるぶると震わせて大きく膨らむ。点も線も絡まりあい、吐き出してきた情景の言葉をすべて呑み込むようにのたうち、びしびしとひび割れ、言葉同士が混ざり、濁っていく。
N : 「いけない、あの子は無理にでもこの世界に私たちを閉じ込めて作品を完成させてしまおうという魂胆だ」
N : 「せめて、君だけでも……」
KP : <母国語>
鳴海 純(なるみ じゅん) : CCB<=75 母国語 (1D100<=75) > 29 > 成功
KP : あなたがじっと目をこらす先で、目の前の言葉の氾濫はぐちゃぐちゃに混ざり合い続けていく。その奥で、今までに語られてきたのとは異なる結ばれ方をして文章になっていく様子を捉えることができた。
その様子は先程までの N と同様に、物語の洪水にのまれて本音の言葉を掴みあぐねる姿に似ていた。
KP : s1d100 (1D100) > 92
KP : むき出しになった言葉の奔流は、「私」という描写する者の叫びそのもののようだ。その中にあなたはひとつ、ひときわ鋭い心臓部の言葉を垣間見る。
『名前があるから呼ぶのではなく、モノがあるから語るのではなく、しかし私は語らなければものが足り得ない。私はただ、日の目が見たい』
鳴海 純(なるみ じゅん) : 見えている心臓部を指さし、
「先生!物語内世界の先生は、ただ日の目が見たいと、そう言っていますよ!ほら、あそこ。先生にも、見えますか?」
Nにだって見えるはずだ!
Nが作品にすれば、日の目を見るじゃないか。それじゃいけないのか?
やはりNが書き上げなければならないのだ、この物語の結末を・・・。
「先生、私だけ助かるなんて嫌なんです!一緒に・・・ちゃんと一緒に、この世界から出ましょうね。私、これからも先生の書く物語が読みたいです」
Nの顔を見て、しっかり伝える。
この物語を描写している「私」ではなく、私の尊敬してやまない作家Nが、この物語の結末を、滔々と語りあげる。
N : 「ねえ、君」
KP : N があなたに対して語りかけてくる。
N : 「今私たちの目の前で大きく渦を巻くのは、私たちが語ってきた言葉そのものだ。けれど同時に、私そのものなんだ」
N : 「私は『N』。この物語内世界の登場人物。そして『私』と『N』とをいったりきたりしていた曖昧な存在だ。」
KP : Nの言葉は今もくるくると舞い上げられ、大きな洞よりも暗くなった眼前の言葉の群れに溶かされていく。
N : 「君の言葉添えがあっても、私自身が曖昧な存在になってしまっていることは覆らない。ここから先は君にしかできない。君の言葉で、この洪水を打ち破る展開を語るんだ」
KP : あなたたちを呑み込もうとするばかりに、舟は洪水の波にもまれ、ごおっと左右に大きく揺れた。その中で叫ぶように、N の言葉があなたの背を押す。
N : 「この物語内世界から出るために、君に見えたものをつかって、君の言葉で、世界の終わりをかたってくれ!」
鳴海 純(なるみ じゅん) : 「そうか・・・そうだったのね。『N』も『私』も、二人とも先生だったのか・・・」
鳴海 純(なるみ じゅん) : 「私、わかる気がします。舞台の上に立つ何かを演じている私も、練習中の私、鳴海純もどちらも私だもの」
鳴海 純(なるみ じゅん) : 「先生、お尋ねしてもいいかしら?先生は、どちらの先生も一緒に、元の世界に帰りたいですか?」
N : 「いいや。でもこうして客観的に見ていると、かわいそうな気はするね。少しでも報われて欲しいと思う。」
N : 「練習中の君がいるから、舞台の君がいるように。あの子がいるから、私がいるのだろう。でも物理的に両方が舞台に立つことはできないように、同時に存在することはできない。」
N : 「もとはと言えば、こんなことを引き起こしてしまった私が悪いのだから……君は、自分が助かることを一番に考えてくれ。」
鳴海 純(なるみ じゅん) : 「同時に存在することができない?そうでしょうか・・・先生がうちの劇団に取材にいらして書かれたあの小説、高校の演劇部の!あのお話の中ではみんなが主役だったじゃないですか。みんな活き活きして、楽しそうで。・・・そして全編を通して演劇部の物語でした。演劇部が主役だった」
鳴海 純(なるみ じゅん) : 「そう考えたら、この物語の主役は先生なのね。『N』が主役の話。『私』が主役の話。もしかしたら、私が主役の話もあるのかしら?オムニバスだわ。みんな、先生の物語を形作ってる」
N : 「それぞれは曖昧な存在になっているとしても、別々のものとしてオムニバスになっているのか。なるほど、面白い解釈だ。誰だって、主役になってみたいもので、それを責められるべきではない……か。」
鳴海 純(なるみ じゅん) : 「そう言って頂けて良かったわ、先生。でないと、お芝居の練習をしている私まで、日の目を見れない気分になるもの」
にっこり笑って、頷いてみせる。
鳴海 純(なるみ じゅん) : 洪水が舟を飲み込もうとしている、その時。
鉛色に低くたれこめていた雲から、一筋の光が私たちの目を焼いた。
言葉の洪水は、時を止めたようにピタリと動かなくなり、やがて先ほどまでの動きのない水面へと戻っていく。
鳴海 純(なるみ じゅん) : 静かになった水面は、光を反射してまるで鏡のようだ。
先ほどまで隠れていた太陽が雲間からぬっと顔を出し、光の筋はすぐに光の束になる。
そして、私たちを照らし出す。
鳴海 純(なるみ じゅん) : 「推敲された言葉たちが、削られた文章たちが、捨てられた表現たちが、こんなにもあったのですね・・・」
鳴海 純(なるみ じゅん) : 「だから先生の書く物語は、選び抜かれた洗練された言葉で書かれている」
鳴海 純(なるみ じゅん) : 「そして読んでいる人の心に染み入るように、色んな角度から入り込んでくる・・・」
鳴海 純(なるみ じゅん) : 「消え去っていく言葉に意味がないなんて思えない。あなた達がいるから先生の作品がある。それはもう日の目を見てるということだわ」
鳴海 純(なるみ じゅん) : 主役の『N』と、主役の『私』と、もう一人の主役の私を祝うように。
物語の終わりを祝福するように。
陽の光が、まるでスポットライトのように、私たちを照らし出す。
鳴海 純(なるみ じゅん) : ーーさあカーテンコールだ。
鳴海 純(なるみ じゅん) : ーー私たちは手をつなぎ両手を上げ、全員で一斉に頭を下げる。
KP : あなたが目を開けると、あなたの言葉に呼応するように煌めく光彩が喝采の如く振り撒かれる。
あかねさす燐光が瞬く。
言葉のみどりごが産声をあげる。
視界がこがね色に満ちていく。
やがて、あなたの感覚は、一挙にまばゆい光明の天辺へ引き上げられる。
N : 「ねえ、君!」
N : 「無事に元の世界へ帰ったら、日の目を見た私の作品の最後のページを読んでくれ。私を取り戻すため、呪文を破るために。」
私 : 私は笑った。ほっと息を継いで、次いで安堵した。ありがとう。これで私は報われる。そうして君を見送るように手を振ると、ほんの少し首を傾げてから、光へ身を投げ込むようにして溶けていった。
KP : そうして、あなたの感覚は、一挙にまばゆい光明の天辺へ身を躍らせる。
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