本編

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KP :  はじめに、こちらは必須技能に【心理学】が設定されているシナリオです。そのためこのシナリオ内では、【心理学】は好きなタイミングで好きなだけ判定申請を行なってよいものとします。度重なる判定申請に対して、ペナルティやデメリットの発生はありません。 ※鳴海の心理学は70以下で成功  また、このシナリオは「共に物語を書き上げる」楽しみ方ができますので、プレイヤーおよび探索者も、ぜひ自由に言葉を紡いでみてください。  あなたの言葉が、このシナリオをかたちづくるのです。 KP :  それでは、はじめてまいりましょう。  クトゥルフ神話 TRPG「本翅の彩度」    ものがたり得るあなたへ。   :  さて、私は、これから何を語ろうか。書きたいことはたくさんあるし、誰にも読まれな いよう書かずにしまっておきたいものだってたくさんある。言葉は継げば継ぐほど足りな くなり、どんどん都合よく書き足していってしまう。私は一体、何を語りたいのだろう。  それでもひとつずつ、語ろうか。  きっと、本音だけは邪魔されない。  私の描写を。  私の、言葉を。   :  作家というのは難儀な生きものだ。言葉を紡ぎ、文字に書き起こし、文章を綴り、物語を織り上げる。とある作家曰く、書かずにはいられないのだと言う。とある作家曰く、書かなければ死ぬのだと言う。とある作家曰く、そうでもしないと、言葉の渦に溺れて気が狂うのだと言う。彼らは、単語の雨から肺を振り乱し、文節の細波をかきわけ、文章という命綱を撚り上げ、掴み、そうしてやっと、息を継ぐ。  彼らは、物語の洪水の中に棲んでいる。  ところで、君の知人である N もまた、作家のひとりであった。君は今日彼に招かれ、彼の自宅へ向かう折であった。   :  N という人物について少し説明しておこう。その人物は少し変わり者のきらいがある。君とどのように知り合ったのかは委細問わない。  特徴について挙げるのであれば、N は常に手帳とペンとを持ち歩いている。どのような時でも構わずに、琴線に触れる言葉があったり、或いは言葉が湧きあがったりしたならば、すぐさま書き留めてニコニコとしている。かと思えば、ジッと手帳を眺めては、泣きそうな顔でぐしゃぐしゃとページいっぱいをペン先で刺突するごとくかき回してメモ書きを消してしまう。  そんな人物だ。   :  そして君はそんな N から先日「書くのに少し行き詰まってしまって困ったので、私の気分転換のためと思って家へ招かれてくれないか」と招待を受けており、今日、訪ねることにしていたのである。   :  さて、肝心の N の著作についてだが、君は実際に読んだことがあるだろうか。もしあるのだとすれば、自由にのびのびと感想をしたためるとよい。 鳴海 純(なるみ じゅん) : 実はNさんの書評を頼まれて書いたことがある。その時の原稿を探し出してきたので、一部を抜粋して、感想とさせてもらおう。 Nさんの著作について語るなら、まずは彼女との出会いから語ろうか。 彼女との出会いは7年前になる。彼女が小説の取材ということで、私の所属する劇団に訪れたのが最初だ。失礼ながら、それまで彼女の小説は読んだことがなかった。 ・ ・ ・ そうして書かれたのが、高校演劇部を舞台にした小説だ。 一人の演劇未経験の男子高校生の入部から、紆余曲折あって部長になるまでのストーリー。だがその少年がずっと主役なのではなく、登場する部員それぞれが主役になっているオムニバス形式で、恋愛模様が綴られたり、事件があって解決する軽めの推理小説風だったり、彼女の作風が色々楽しめる小説になっていた。 取材の時に話させてもらった、私の青春時代のあれやこれが、主役が男子高校生になったり女子高生になったりのお話の中、幾多の部分で生かされていた。 ・ ・ ・ 私は、彼女の登場人物の感情の書き方がとても好きだ。 ただ心の内を語るだけではない、むしろほとんどそれはしない。 仕草、表情、動作で感情を表現する。 そして、当の本人でなく、別の人物の行動やセリフで表現するのだ。 私はこれがとても好きだ。登場人物の気持ちを押し付けられるのじゃなく、自分で感じることができる。彼女のこの書き方が好きだと思うのだ。 想像力を刺激されて、感情を想像することで自分の中の感情と一体感が生まれるのかもしれない。 演劇にもこういうところがある。 ・ ・ はぁ・・・なんとも、まぁ拙い文章だ。 書籍に載った時には校閲が入って、もっとましな文章になっていたと思う。 これは私の手元に残っていた最初の原稿なので、勘弁して欲しい。   :  N は家族を亡くして尚実家を畳むこともなく同じ場所に住み続けている。そのため、君はやや郊外の坂道を上った先にある一軒家を訪れることとなるだろう。名前もわからぬ雑草とも花ともつかぬ植物がアスファルトの縁をなぞるように風にそよいでおり、のどかな日差しを受けていた。  しばしば夏の訪れを感じるようになった強い日差しのもと。今日の空気はいくぶん冷たく青く澄んでいる。少し湿ったアスファルトがキラキラと陽光を反射し、まるで水晶を散りばめたかのようだ。通りがかる民家の庭先から色とりどりの薔薇が零れだして景色を鮮やかに彩っている。  そうして君は、そんな道を歩いた先でNの家の前に到着した。 鳴海 純(なるみ じゅん) : 先生に会うのは久しぶりだ。一緒に下北沢で飲んで以来だと思う。 お元気だといいのだけれど。 お土産は先生のお好きなお酒にしたけれど、今でもこのお酒お好きなままかしら・・・そんなことを考えながら、N家の周囲を眺めてみる。 KP : <アイデア> 鳴海 純(なるみ じゅん) : CCB<=70 アイデア (1D100<=70) > 1 > 決定的成功/スペシャル   : 違和感を感じるほどに、あまりにも静かすぎる……いや、Nはひとりでいるはずで、だから早々物音などしないのは当たり前のことで。だから静かであることを不思議に思うこと自体、おかしいことではあるのだが。 それでも。 気配を感じない、というのはこういうことを言うのかもしれない。 とはいえ君は、N から特に家を空けるとは聞いていない。 鳴海 純(なるみ じゅん) : 家の中から気配がないわと思いつつも、インターホンを押してみる。 「先生?鳴海ですー」   :  呼び鈴を鳴らしても、何も反応がない。君が前もって感じたとおりだ。 鳴海 純(なるみ じゅん) : 「やだ、先生ったら!呼び出しておいて出かけちゃったの?もう!」 と言いながら扉が開くか試してみる。   :  ドアノブに手をかけると、鍵がかかっていないことがわかる。手首をひねれば、何にも阻まれることなく扉が開き、玄関の内側へと君の意識を向けさせた。  そのまま、君の眼球は N を探してさまよい、やけにぼやけてしなだれ落ちる。  君が N の家の扉を開けた瞬間、抗いがたい目眩が君を襲ったのである。まるでましろい睡魔に首から上をばくりと喰われてしまうかのような感覚。湿った真綿のかたまりを無理に飲み下させられるような感覚。頭蓋の内側にどぼどぼとシリアルとミルクを振舞われるような感覚。どんな表現とも違う意味不明の感覚が、君を一挙にまばゆい暗闇の底へ引っ張っていったのだ。  そうして、君の眼球は N を探してさまよい、やがてぼやけてしなだれ落ちた。
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