物語

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物語

  :  眼球がしばたき、睫毛が震える。どれくらい時間が経ったのかはわからないが、君がようやく意識を取り戻すと、眼前にはまるで知らない光景が広がっていた。  ぱらぱらと滲むようなちいさな魚の群れが視界をざあっと横切る。かと思えばあちこちへぱっと散らばる。そして、無数の個となって見渡すばかりの反射光になっていく。ちいさな魚たちはおろしたての紙のような白銀の腹をすべらせては、きゃらきゃらと君へ笑いかける。  君のいる場所は、どうやら一艘の舟の上のようだった。そして、君と同じようにして、舟の上にはぽかんとまどろむ N の姿があった。 「……ねえ、君」 N は君へ語りかける。 「ああ、来てくれたのが君で、よかったな」 KP : 【SANチェック 0/1】 鳴海 純(なるみ じゅん) : CCB<=60 SANチェック (1D100<=60) > 28 > 成功 鳴海 純(なるみ じゅん) : 「まぁ先生、いらっしゃったの?私、先生が出かけてしまったのだとおもっ・・・え?」 周りを見渡して驚く。 なぜ?いつの間に舟に乗ったのだろう? KP : <目星> 鳴海 純(なるみ じゅん) : CCB<=60 目星 (1D100<=60) > 85 > 失敗   :  舟はまるで宙に浮かぶような心地で佇んでおり、波ひとつ立てず身じろぎしないままでいる。しかし、よくよく目を凝らしてみるのであれば、君は舟の下方にゆっくりと靄のようなものが渦巻いているのに気がつくだろう。それは、一匹のおおきな魚よろしく何やら尾をうねらせていた。 鳴海 純(なるみ じゅん) : 「先生?私、夢でも見ているのかしら?この舟は宙に浮いているみたいね。見て、先生。魚よ」 手を伸ばしかけて、危険かもしれないと慌てて手を引っ込める。 Nの方を向いて、Nがどんな反応をしているか様子を見る。 KP : S1d100 (1D100) > 82   : 「魚……うん、それはまるで言葉の吹き溜まりのようだね」 N はおおきな魚を見下した。 「ひとつひとつはきっと綺麗だったのだろうけれど、なんだかいびつに見えてしまうよ。何故だろう」 KP : Nの発言には嘘いつわりがないように思う。というよりも、心情の機微があまりにも平坦なように感じる。 鳴海 純(なるみ じゅん) : 「へぇ、言葉の吹き溜まりですか。さすが先生、詩人ですね」 Nに向かって微笑みかける。 「だけど先生、なんだかいつもの覇気がないみたい。どうしたんです?このお魚がいびつに見えるから、元気がないんですか?」 鳴海 純(なるみ じゅん) : 「あ、そうだ!」 ぽんと手を叩いて、自分の手元を見る。 「先生にお酒を買ってきたんですよ?いつもの。先生のお好きなやつです」   :  君はこの世界へ訪れることになるより以前のものを、何も所有していないことに気がつく。  しかし、君が手土産にと持参していたそれは……それだけは存在する。なぜなら、それは君が持とうと決めたものなのだから。 鳴海 純(なるみ じゅん) : 「あ、これこれ。先生、お好きだったでしょ?赤兎馬!先生、また私に三国志の話してくださいよ。先生のお話、とっても面白いんだもの、また聞きたいわ」 先生の目の高さまで酒を持ち上げて、目の前でゆらゆらと揺らして見せる。 「あらでも、私の荷物はないのね」 ふと気づく。 まぁ不思議な舟に乗ってるんだもの、何が無くなってても不思議じゃないわね、とため息をつく。   : 「よく覚えてくれているんだね、嬉しいよ」 目の前に示される酒にNは薄く笑みを浮かべる。 「一体どうしたっていうんだろうね、私は。君が来るまでになんとか、もう少し筆が進まないかと試行錯誤していたのは間違いないんだ。それがなかなかどうして、それから先どうしていたのか覚えていなくてね。もしかしたら、いい展開を思いついていたかもしれないのにと思うと落ち込んでしまうよ」 君に向かってNはそう言うと周囲を見渡した。 「とても、不思議なところだね」 私にとっても好ましい。 「けれど、ずいぶんと寂しい、ものが足りない世界に思うな」 それから視線を君の方へ戻す。そうして少し首を傾げて微笑んだ。 「せっかく持ってきてくれた酒だけど、ここにはそれを酌み交わすための盃もない。どうせなら一等気合の入った薩摩切子でも欲しいところだけれど」 鳴海 純(なるみ じゅん) : 「女二人、一升瓶でラッパ飲みってわけにはいきませんものね」 と苦笑する。 「それにしてもこの舟、どうすれば動くのかしらね?せめて岸でも見えてくれば・・・。先生、そちらにオール・・・いえ、この舟なら・・・櫂、と言った方がいいかしら?先生の後ろにあります?ちょっと探してみてくれません?」 言いながら自分の周りも探してみる。   :  君が一通りその場を確認しても、やはり周囲はシンとしていた。染み入るようなちいさな魚たちがさらさらと泳ぐばかりで、舟以外には何もない。 「うーん、確かにその通りだね。こんなところにぽっかりと浮かべられているだけではどうすることもできなくて困ってしまう。酒が飲めないことよりもそっちを先に気にするべきだったかな。」  Nも君と同じくゆっくりと再び周囲を見渡す。しかしやがて、ゆるく首を左右に振った。 「いや。かなしいくらいに何もない。困るのも事実だけれど、やはりこのままのものが足りない世界は寂しいね」  私がもっと語らなければ。Nは頷いた。 KP : <目星>または<母国語> 鳴海 純(なるみ じゅん) : CCB<=75 母国語 (1D100<=75) > 85 > 失敗 鳴海 純(なるみ じゅん) : 「足りない足りないって先生はおっしゃるけど・・・、どうしたら満ち足りた世界になるんです?先生は何かご存知なのでしょう?」 伺うようにNを見る。 KP : s1d100 (1D100) > 32   :  君はそう言いながら半ば困ったようにもう一度周囲を見渡した。ちいさな魚たちの白銀の腹が踊ってじわりと視界に滲むさまを見る。   : 「……いや。私も気が付いたらここにいたものでね。だけど、足りないだろう?ほら、この舟もただ浮かんでいるだけで大切なものが欠けている」 KP : その発言には嘘いつわりがないように思う。というよりも、まるで誰かから「そのように語れ」と矯正されているように感じる。   : そのとき、横で、おや、と N が声をあげる。君も視線をNに合わせると、舟の底に文字が刻まれているのを見つけた。 『名前があるから呼ぶのではなく、櫂があるから漕ぐのではなく、呼ぶからこそ名前があり、漕ぐからこそ櫂がある。何かものを見たいのであれば、何が見えるのか語ればよい』  Nは隣で、何だろう、これは。と首を傾げていた。 KP : <知識> 鳴海 純(なるみ じゅん) : CCB<=75 知識 (1D100<=75) > 9 > スペシャル 鳴海 純(なるみ じゅん) : 「語れば物が出てくる、という意味、なのかしら?」 Nと一緒に首を傾げる。   :  君は、自分の呟いたその言葉に導かれるようにしてカントの『コペルニクス的転回』を思い浮かべることだろう。『コペルニクス的転回』は、従来『認識は対象に依拠する』と考えられていたものに対し、『対象こそ認識により構成される』と、ものの捉え方を根本から転換させたものだ。  つまり、この場の状況にあわせて考えるのであれば……。『何もない』と片付けるのではなく、君が『何があるのか』を決めることによって、この場に『何ものかがある』とすることができるのではないだろうか。君はそんな風に発想できる。 鳴海 純(なるみ じゅん) : 「先生、舞台の上ではね、ないものでもあるように見せることができるわ。小道具がなくたって、私がこう、この赤兎馬を飲む演技をするじゃない?そうしたら、お客様には確かに見えるのよ、私の手に薩摩切子が。これと同じように、先生は語ることで作り出せるんじゃないかしら?ねぇ先生、お気に入りのあのグラス、あの薩摩切子のこと、話してくださらない?」 いかにも高級なグラスを持って、お酒を飲み下す演技をしながらNに語る。 そしてとびきりおいしいという顔をする。   : 「ああ、そうか。君は演ずることができ、私は、語ることができる。さてそれでは、やってみようじゃないか」 どこか誇らしげにそう言葉を紡いだNは、君の仕草を目に映しながらおもむろに口を開く。 「私たちのいる未知の場所には、すくいようもない程に透き通った水面に満たされている。その深い水底から浮かび上がるのは開いたばかりの紫陽花。心地よく頬を撫でる風が遠くから香り立つ気高い薔薇の気配を運んでくる。彼女の手には陽光を受けて光を乱反射する小さなグラスがおさまっていた。深く彫り込まれた切れ込みで受けた光はゆるやかに色彩を変えるのに相まって角度によって様々に表情を変える。紛れもなく、一等上等な薩摩切子だ」 ふう、とNは1つ息をつく。 「こんな具合で、どうだろう」  直後、不意に舟の真下で微睡んでいたおおきな魚から、ぐらりと湧きあがるものがあった。それは、たった今語られたばかりの情景そのものだ。それらは、まるでたった今生まれたばかりという風情で魚の背からのびていく。すぐに舟の背丈を越して、空間いっぱいに広がっていく。見る間に水底から溢れて来る紫陽花、柔らかに吹き始める風。それに君の手には薩摩切子が。  言葉のみどりごがまぶたをもたげ、うすあおい翅をのばしていく。  語られた情景はよくよく目を凝らしてみれば、繊細な繭のように何かで結わえられた輪郭をもっていた。輪郭をなぞればどうやらそれらすべては『文字』のようだった。曲線やとめ、はね、はらいがゆるやかにほぐれたり、或いは重なったりしながら、意味のある『言葉』というかたちを成している。『言葉』は語ったそのものであった。そのものが、この世界を彩るための名前を呼ばれて装い出てきたのであった。  呼ばれた名前がかたちを成し、賑やかになった世界で君たちの乗る舟はまさに漕ぐ甲斐があるというものだ。ああ、私は嬉しい。 「ものが足りない世界だけれど、少しは楽しくなってきたかな」  N は首の角度を少しだけ揺らして控えめに笑った。 鳴海 純(なるみ じゅん) : 「・・・素晴らしいわ、先生!なんて鮮やかな世界・・・」 飛び出してきた景色の、あまりの美しさに目を奪われる。 そして自分も言葉にしてみたくなる。 「ねぇ先生、私もやってみてもいい?グラスがもう一客必要でしょう?先生ほど素敵で詩的な表現はできないけれど・・・」 遠慮がちに言葉にしてみる。 「・・・先生の手にも現れるわ、涼やかで上品な島津紫の、薩摩切子が・・・」   :  Nに続けて織り上げられた君の言葉に呼応して、再びおおきな魚から文字が湧き上がってくる。尾ひれから抜き出た言葉の帯はゆらゆらと揺らめきながらオーロラのように揺蕩い、やがてゆっくりと紫の色味を強めていく。それがNの手に収まったとき、涼やかで上品な島津紫の薩摩切子が現れていた。  やはりそれも、うっすらと文字の輪郭をまとっている。 「すばらしい出来じゃないか。」  Nは君に向かって、現れたばかりの薩摩切子を掲げてみせた。 鳴海 純(なるみ じゅん) : 「成功しちゃいましたね!私なんだか楽しくなってきましたよ、先生」 手を合わせて喜ぶ。 こんな奇妙な空間にいるのに、なぜかちっとも恐怖を感じない。 Nと一緒だからだろうか。 「ふふふ、まずは一杯飲みましょう。せっかく素敵な薩摩切子も出てきたことですし」 赤兎馬の真っ黒い瓶から、二客の薩摩切子に芋焼酎を注ぐ。 舟の上で飲むお酒なんて初めてで、とても贅沢な気分になってくる。 紫陽花や薔薇が香ってくるのも、まるで三国志冒頭の桃園の誓いのシーンみたいで趣がある。   : そうして君たちは酒を酌み交わす。 KP : <目星> 鳴海 純(なるみ じゅん) : CCB<=60 目星 (1D100<=60) > 58 > 成功   :  よく見てみれば言葉を吹き上げたおおきな魚もまた、何やら言葉を身にまとったもののようである。しかし何となく、君の目には奇妙に見えた。まるでじわりとインクの滲んだ古紙のような、いやそれよりも二重線をもって或いは消しゴムをもって沈められた言葉のはぎれをめちゃくちゃにかき集めたような、そんなように見えた。 鳴海 純(なるみ じゅん) : 「あのおおきな魚は、奇妙に見えますね。まるで何度も推敲された原稿用紙のような・・・語ると物が現れるし、ここは先生の原稿の中なのかしらね?」 ちびちびと酒を飲みながら、Nに話す。   : 「なるほど。何を書くべきか分からなくなっていた私の、ものが足りない世界が具現化した結果こうして目に見える形で創造ができるようになったというなら素敵な話ではあるね」 酒を飲みながら語り合う君たちの船の下を染み入るようなちいさな魚たちがさらさらと泳いでいる。 鳴海 純(なるみ じゅん) : 「小魚・・・さしずめこの小魚は紙魚ってことかしら?ふふふ」 口元を抑えながら笑う。 いい気分で酒を飲みながら、しかし、ここから進まないのも困るのではないかと思い至る。 「先生、帆が必要ですよ。この舟に帆があれば、風を受けて進むもの」 少しよろけながら舟の上で立ち上がり、昔見た映画のように、両腕を水平に広げ風を受けて立つ。 鼻歌まで歌っていることに気づいて、さすがに酔いが回ってきたかもしれないと元の場所に腰を下ろす。 KP : <聞き耳> 鳴海 純(なるみ じゅん) : CCB<=65 聞き耳 (1D100<=65) > 11 > スペシャル   :  ちいさな魚たちが顎をひらいて葉を毟る芋虫のようにしゃくしゃくと情景を咀嚼する音が聞こえる!  この忌々しいものどもを即刻退治しなければ、ものが足りない世界は描写を奪われまた何もなくなり貧相になってしまうことだろう。 「いや、そうされて困るのは君だけだと思うよ」  N はそう言いかけたが、はっと口をつぐんだ。
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