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ネコの手レンタル
「なんだよ、これ」
男は呟いた。
仕事の帰り道、空が茜色に染まる頃、公園の前に止まる軽トラの前で男は立っていた。赤い提灯に暖簾。最初はラーメン屋か やきいも屋かと思った。だが、提灯にははっきりと「ネコの手レンタル」と書いてあった。
「あぁ、いらっしゃい」
軽トラの運転席から白髪のおじいさんがヒョイと顔を出した。
「なんですか、これ」
男は、聞いた。
「お客さん、はじめてだね。」
おじいさんはゆっくりと話し出す。
「うちはネコの手をレンタルしてる店ですわ。」
おじいさんの声はしゃがれている。
ネコの手レンタル……ネコの手も借りたいっていうあれだろうか…
「つまり、困っていることを助けてくれる、何でも屋…ということでしょうか。」
男はおじいさんの様子を伺いながら聞いた。
「いやいや」
おじいさんは手をヒラヒラさせて頭を振る。
「ネコの手をレンタルしてるだけです。」
男は腑に落ちず、やきもきした。だが、おじいさんは軽トラを降りながら続ける。
「日々のお仕事で疲れている人を癒すため、ネコの手を30分5,000円でお貸ししています。通常は手だけですが、追加料金を頂くと全身へのタッチも出来ます。」
おじいさんは話ながらパンフレットを男に渡した。
「うちは可愛いネコちゃんばかりです。」
とおじいさんは笑顔で付け加えた。
パンフレットにはおじいさんの説明の他に「猫ちゃんの嫌がることはお断りします」と書いてある。
男はようやく合点がいった。ネコとは夜のお姉ちゃんのことで、ここは、無許可で営業している違法な店か。最近、彼女にフラれ寂しい思いをしていた男は喜んだ。背に腹は変えられん。
「それじゃ30分お願いします。」
ニヤつきそうになる顔をどうにか抑えながら、男は話した。
「オプションはどうなさいますか。」
おじいさんは相も変わらず、しゃがれた声で聞いた
オプションとは全身タッチのことだろう。
「せっかくなのでお願いします。」
「かしこまりました。料金は前払いで一万円となります。」
おじいさんはペコリと頭を下げた。頭を下げると髪が薄くなっているのが良く見える。
男はそそくさと財布から一万円を取り出し、おじいさんに手渡す。おじいさんはペコリと頭を下げながらお金を受け取った。
「あちらのベンチでお待ち下さい。ミーちゃんをお連れします。」
おじいさんは公園の方を呼び指した。あそこで待ち合わせなのだろう。
いつの間にか周りは薄暗くなり、ぼんやり灯る外灯の下のベンチに腰かけた。男は浮かれていた。ミーちゃんとは何歳くらいだろうか。そんなことばかり頭を巡った。
しばらくすると、人影が近づいてきた。公園の外灯が少なく良く見えない。ミーちゃんだろうか……
いや違う。先程のおじいさんである。おじいさんは男の前まで来ると、膝の上にネコを置いた。
「三毛猫のミーちゃんでございます。30分経ちましたらミーちゃんを迎えにきます。」
男はニヤリと笑うと軽トラの方へ戻っていった。
男は呆然とした。ミーちゃんは大きなあくびをして男の膝の上で丸くなった。男は早合点した自分をひどく恥じた。すると突然、隣でニャーと声がした。そちらに目をやると、先ほどまで浮かれて気がつかなかったが、隣のベンチで中年のサラリーマンが座っていた。同じように途方に暮れた表情でネコの手を触っている。
男と目が合い、二人はうつむきひどく赤面した。
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