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ハッ! ハァ! ハァッ!
聞こえるのは俺の荒い息と、スニーカーが地面を蹴って鳴る足音のみ。
俺は誰もいない薄暗い地下鉄の中で、必死に逃げていた。何から逃げているのかは、わからない。
でも後ろの「アレ」に捕まってはいけない……そんな恐怖に支配された俺の体は、一歩でも遠く離れようと足を動かしていた。
ここは地下鉄とともに併設された、地下街のようでもあった。これが日中なら賑わっているだろうが、夜遅くで終電も行ったせいだろうか。店は全て閉まっている。
これでは助けを呼ぶこともできない。
──あれ、俺は何で終電が行ったことを知ってるんだ?
それに田舎の駅じゃあるまいし、駅員どころか人が一人もいないなんて……おかしいじゃないか。
一瞬、浮かんだ疑問も再び背後から感じた「アレ」の気配から、すぐ霧散した。俺は地下鉄の出口である地上を目指して走って、走り続ける。
すると、前方の上り階段の先に一筋の光が見えた。
──出口だ!
俺は階段を駆け上る。
眩しさから目を瞑り、再び目を開けると──俺は地下鉄にいたはずなのに、何故か高層ビルの上から落下していた。
迫りくる地面に俺は悲鳴も上げる暇もなく、ぶつかって自分が潰れる音が聞こえた。
「うわあぁあああぁああ!!」
俺は悲鳴を上げながら、飛び起きる。
バクバクと鳴り続ける自身の心臓を落ち着かせるように胸元を押さえつつ、辺りを見回した。
オンラインゲームをするためのパソコンに、床には積み上げられた漫画本。そして他には炭酸ジュースやお菓子、インスタントラーメンのゴミが散らかっている──ここは、実家の俺の部屋だ。
どうやら俺は、また「悪夢」を見ていたらしい。
俺は枕元にあるスマホを手に取ると、SNSを開いて呟いた。
『6月6日、曇り。
俺は地下鉄の中で何かに追われ、走って逃げているうちに一筋の光が見えた。出口だと思って飛び込んだが、俺は何故か高所から飛び降りていて……死んだ』
送信ボタンを押し、再び俺はベッドの上に横になる。
SNSのアカウント名は、「悪夢日記」。フォローしたり、「いいね」も「リツイート」もしないで、ただ俺が見た悪夢の内容を呟くだけのアカウント。
俺はもう何年もこの部屋に引きこもり、悪夢を毎夜見続けている。
きっかけは、会社で受けたパワハラだっただろうか。
俺は昔から要領が悪かったが、熱意では負けないつもりだった。でも社会はそう甘くはなく、結果が全て。営業成績の悪い俺は上司から毎日怒られ、同調するように周りも俺を嘲るようになった。
──何もかも、努力が足りないからだ。
そう思い、残業もして頑張って頑張り続けて……ある日、突然プツンと糸が切れたように何もできなくなった。医者からは「うつ病」と診断され、「働けない奴はいらない」と会社から捨てられた俺は実家に戻り、自室に籠ってゲームばかりするようになった。
悪夢を見るようになったのは、この頃からだ。
働いていた時から熟睡はできなくなっていたが、悪夢で飛び起きるようになって更に眠れなくなった。
最初は病気になった俺に優しかった両親も、最近は邪魔者を見るような目で見る。それはかつて俺を見下していた上司や同僚のようで。
俺もこのままじゃいけないと思ってる。だけど、怖い……頑張っても、また「いらないもの」のように扱われたら。
俺は現実から逃げるように、日課のネットサーフィンを開始する。すると、見慣れないバナー広告を見つけた。
そこには「夢をレンタル。または、人にレンタルしませんか? 夢合わせ屋」と書かれていた。見たところ、ここで言う「夢」は眠っているときに見る夢のようだ。
──「夢をレンタル」って、どういうことだ?
気になった俺がバナーをクリックすると、「夢合わせ屋」のHPに移動する。
サイトの概要を読んだところ、一定料金を支払うことで寝るときに好きな夢を他の人から借りて見ることができ、また逆に自分が見た夢を貸すこともできるらしい。
「夢解き人」という管理人はいるものの、夢の料金は自分で設定して利用者がレンタルしあう仲介サイトのようだった。
レンタルされている夢の一覧を見ると、全てデザインは違うものの見た目は全て小さな箱だ。何でも箱に夢を詰めて、人にレンタルするらしい。
……なんじゃそりゃ。
ここまでだったら、そう思って俺はブラウザを閉じただろう。
でもレンタルされている夢を見ると、悪夢も売れているのだ……しかも、結構いい値段で。
──もしかしたら、お小遣いぐらいは稼げるかもしれない。
そう思った俺はHPのお問い合わせフォームから、「夢を人にレンタルしたいのですが」とメッセージを送った。
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