悪夢を夢解く

4/6
前へ
/6ページ
次へ
 それからというもの見た夢を「悪夢日記」で呟き、悪夢を「夢合わせ屋」で出品するのが俺の新しいルーティンとなった。  こんな後味の悪い夢にどんな需要があるのか分からないが、おかげでなかなかの収入を得ることができた。  悪夢をレンタルすることで収入を得る。これからは、そんな在宅ワークで生きていくのもいいかもしれない。そんなことを考えていると、一通のメールがパソコンに届いた。  送り主を見ると「夢合わせ屋」の管理人、「夢解き人」からだ。何か規約違反でもしたかと、俺は焦ってメールを開く。 『湯上 悠生さま  日頃から当サイト《夢合わせ店》を利用していただき、ありがとうございます。湯上さまの夢の品質はとても良く、一度お会いして感謝の意を伝えさせていただきたい所存です。そして報奨金もお支払いたいと思いまして、いかがでしょうか? 場所は東京都○○区××町の──』  と、感謝の言葉と住所が書かれていた。  「報奨金」という言葉に、俺の心は踊った。正確な金額は書かれていなかったが、一体いくら貰えるのだろう? すぐさま俺は、了承のメールを送る。  そして数日後、俺は数年ぶりにスーツに袖を通すと家を出発した。 『やっほー! 悠生君、元気?』  電車を降り、目的地に向かって歩いているとスマホから着信音が鳴る。相手は幼馴染の智華だった。時間もないので、歩きながら通話をする。 「何の用だよ、いきなり」  彼女は俺がうつ病になり、家に引き籠るようになっても見捨てなかった学生時代からの唯一の友人だ。  普段は専らオンラインゲームでのボイスチャットで話をするのだが、電話をかけてくるなんて珍しい。一体、どうしたんだろうか? 『最近、更新された《悪夢日記》見たんだけど……悠生君、《夢合わせ屋》で人に夢をレンタルしてる?』 「どうして、それを?」 『呟きの内容と同じ悪夢のオルゴールが、レンタルに出てたから。今すぐ止めた方がいいよ』 「はぁ? 何で?」 『あれは《吉夢》だから』 「きちむ?」 「そう。大吉の『吉』に『夢』で、『吉夢』……悠生君の見ている夢は、悪夢なんかじゃなくて『幸運を呼ぶ夢』なんだよ」  にわかに信じがたい話だ。あんな恐怖で飛び起きてしまうような夢が、縁起のいい夢だなんて。電話越しに智華は話し続ける。 『例えば、前に地下鉄で迷って高層ビルから飛び降りる悪夢があったでしょ?』 「あぁ」 『夢占いだと《地下鉄》は、人と協力し合って目標をクリアする表れ。で、飛び降りて死ぬことはチャンスが来て、今の状況から抜け出す意味があるの』 「じゃ、じゃあ死体と霊柩車、親を殺す夢は……?」 『基本的に死や殺人は、夢では解放や再生の象徴。霊柩車も人生の節目を暗示するもので……親を殺す夢は、親から自立したいっていう気持ちの表れだよ』 「な、何で早く言ってくれなかったんだよ!」  見当違いなのは分かっているが、俺は思わず智華に八つ当たりのように叫んだ。 『前までは本当に吉夢でもなく、ただの悪夢だったから。それに吉夢の内容は基本的に人に言っちゃいけないの。幸運が逃げちゃうからね──ごめん、時期を見て言おうと思ってたんだけど』 「なら、内容を話すどころか、レンタルし続けた俺は……」  もしかして俺の夢をレンタルしていた奴らは「悪夢」ではなく、「吉夢」だと知っていて借りていたのか? 俺の幸運を分けてもらうために。 『だから、これ以上酷く……前に、レンタルに出している夢を、回収して……逃げて』  「ザッ、ザザッ」と、智華との通話にノイズが混じり始めた。電波が悪いのかと思ったが、アンテナは全て立っている。 「智華?」 『間違っても──に、会っちゃダメだよ』  その言葉を最後に、電話は切れてしまった。折り返しをしようにも、電源が切れている。どうしてだ? 家を出る前にバッテリーは満タンに充電しておいたのに。 「ようこそ、湯上悠生さま」  顔の上半分を隠すベネチアンマスクをつけた人物──白髪と顔の皺から初老の男性だろう──に、突然声を掛けられる。気づけば、俺は「夢解き人」に指定された建物の前に立っていた。  ──いつの間に、目の前に? 気配もなかったぞ。 「私が『夢解き人』です……お待ちしておりました。どうぞ、中へ」  俺はゾクゾクするような寒気を感じた。先程の智華の忠告が心に引っかかったが、誘われるように案内されて建物──洋館の中へ入った。  
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加