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俺は、飛び起きる。
辺りを見回すと、ベネチアンマスクを着けた奴らがいた洋館ではなく、実家の自室にいた。
「……ゆ、夢?」
一体、どこからが夢だったんだ?
俺は枕元に、オルゴールが転がっていることに気づく。もう一度ゼンマイを回すが、壊れていて曲は流れない。
近くには説明書なのか、『レンタル品 前に一歩踏み出すための夢』と書かれていた。
「レンタル品?」
どうしてオルゴールがレンタル品なんだ?
俺は紙に記載されていた「夢合わせ屋」をパソコンで検索してみたが、ノーヒットだった。
──まぁ、いっか。
『6月11日、晴れ。今日、俺は……』
いつものようにSNSの「悪夢日記」を更新しようとして……手が止まった。さっき程まで、すごく壮大で長い夢を見ていたはずなのに、思い出せないのだ。
たまに夢を見ても、すぐにメモしないと忘れてしまうことがあるが……今回は、忘れてはいけない夢だった気がする。
俺は必死に思い出そうと頭を捻った。しかし、何も思い出せない。
……ただ、「また頑張ろう」。「辛いことがあるかもしれないけど、前に進みたい」という謎の気力とやる気が生まれていた。
俺は改めて「悪夢日記」を更新する。
『6月11日、晴れ。
今日も夢を見たが、珍しく思い出せなかった。でも、頑張って前に進みたいと思わせる夢だった気がする……まだ怖いけど、俺はこの部屋から出る努力をしようと思う』
送信した後、俺は求人サイトを開いた。会社でのパワハラをフラッシュバックで思い出してしまうため、長らく避けていたが……今日は大丈夫だった。無理はしないで済む、身の丈になった仕事からまず始めよう。
「悪夢日記」へのリプライの通知が届く。このアカウントをフォローしている奴は一人しかいない──獏の写真がアイコンの「Chika」だ。
『大丈夫! 夢でも頑張れたんだからできるよ!』
「ははっ。なんだよ、それ」
そんな不思議なリプライに俺は笑いながら、「いいね」を押したのだった。
(終)
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