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「なぁ、角膜をレンタルしてみないか?」
角膜という医学的でお堅いニュアンスの言葉と、レンタルというカジュアルな言葉の組み合わせが似つかわしくなくて、自分はそれを父の冗談だと受け取った。
「どうだ?やってみないか?」
父の声は神妙な響きを帯びていて、とても冗談で言っているようには聞こえない。本気で言っているのだ。
「角膜をレンタルってどういうこと?」
角膜移植は死者からの角膜の提供によって行われる。角膜をレンタルするなんて話は聞いたことがない。
「できるんだよ、医学の発展ってやつは恐ろしいけど、立場によってはありがたい」
つまりはこういうことのようだ。今現在、ベッドに寝たきりで動けなくなっている人間、あるいは植物状態で眠ったままの状態の患者など、生きてはいるのだがほとんど角膜を必要としてない状態の人間がこの国にはたくさんいる。しかしその人たちにかかる医療費は日々膨れ上がり、費用負担者(主に家族)にとって負担は増すばかりとなっている。
そんな人たちと角膜待機者を結びつけるビジネスが角膜レンタルというもののようだった。従来の角膜移植と異なるのは提供してもらうのではなくて、あくまで借りるだけ。寝たきりの人たちが回復して角膜が必要になることもあるので、一時的なレンタルという仕組みになっているのだそうだ。
「誰かの角膜をペロンと剥がして他の人に移したり戻したり、そんなことって許されるの?」
遺伝子操作のように人間には犯してはならない倫理的領域があり、その線引きは人によって様々だが、この角膜レンタルという行為はどこか一線を越えてしまっているように自分には思えた。
「いや、違法行為だ。このような行為は現在この国で許されてはいない」
父はきっぱりと言った。
「どこからこんな話を?」
「まぁ色々とな」
そこは言葉を濁す父。子供には聞かせたくない話のようだ。危険な臭いがする。
「で、どうだ?」
「レンタルの期間ってどのくらいなの?」
「費用次第だが、最初はとりあえずの期間として一年間を目処に考えている」
「そんなお金はあるの?」
我が家の経済状態は決して楽ではないはずだ。眼の見えない自分にもそのくらいは見えているつもりだ。自分の目はそこまで曇ってはいない。
「そこは気にしなくていい。ただ角膜レンタルの場合、レンタルされた側に角膜の返品を要求されたら、直ちに返さなくてはいけないというルールがある」
「どういうケースで起きるの?」
「極端なケースを挙げるなら、植物状態で寝たきりの患者が急に覚醒したりした場合、すぐに返さなきゃいけないんだ」
「レンタル期間内であってもってことだよね?その場合は残りの期間分の料金は返金されるの?」
「いや、それはされない。そこはリスクとして受け入れなければならない。ただし同じ患者からレンタルを延長する場合は、新たにレンタルするよりも安い料金で受けることができる。これはリスクを受け入れることによる特典みたいなものかな」
「どっちにしろ、いずれは返さなきゃいけないんだよね」
「それはそうだ。しかし今のようにただ待機患者として待っているよりも、一度光の世界を経験してみるのも悪くないんじゃないか?」
産まれてからずっと闇の中で過ごすのと、一度光りを経験してから再び闇に戻されるのは、どちらの方が辛く苦しいのだろうか。ずっと底辺なのと一度上昇してから底辺に落とされるのは、どちらが痛みを伴うのだろうか。
「とにかく、一度やってみないか?お前に光を与えたいんだ」
父の声は泣いていた。涙は見えないけれど声が涙を流していた。痛いほどのあふれ出る思いが伝わってきて、その声を拒絶することは自分にはできなかった。自分は角膜をレンタルすることを了承した。
こうして闇に覆われた自分の世界は、まばゆいばかりの光に満たされることとなった。
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