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薔薇姫のお遊戯会に終止符を1-2
警視庁からそれなりに近い、閑静な住宅街。
細い道を更に一本奥へ入ると、車が一台、漸くすれ違えるほどの狭い道に出る。そこを道なりに進んだ突き当りに、目的の店はあった。
店名すら見受けられない日本家屋。教えられなければ、ただの民家と流していただろう。
入口の横に掛かる『営業中』の小さな木看板が風に吹かれて、やる気がなさそうに揺れている。引き戸には磨り硝子すら嵌まっていない。この看板が無ければ入店には躊躇する筈だ。
まともに営業しているとは思えない外観に、俺は隣のタマキさんを窺ってしまった。
「此処ですか?」
「そ。変人ばっかだから気をつけてね」
——変人とは。
そんな事を言われたら、気をつける以前に不安しか感じない。
二人しかいないんだけどさ、とぼやきながら引き戸を開けるタマキさんに続き、俺も店の敷居を跨いだ。
迎えてくれたのは間接照明の淡い灯りと、微かに漂う白檀の香り。香でも焚いているのだろうか。だとすれば随分趣向に煩そうだな、と勝手抱いた人物像に眉根が寄る。
迷いなく進むタマキさんの背中を追いながら、ぐるりと周囲を見回す。
狭い。
平均身長より幾分高い俺の更に上を行く棚は、圧迫感を抱かせるには十分である。まるで巨大な迷路に放り込まれた気分だ。
そんな壁のような棚には、骨董品屋らしい商品が整然と陳列されている。これが雑多に置かれていたなら、商売気のない奇態な店だと割り切れただろうに。
外観と内装のちぐはぐ具合は、得体の知れない不気味ささえ感じる。何処からか漂ってくる白檀の香りも、その不安感を煽っているのかもしれない。
不意に、するすると先を行っていた先輩刑事の歩みが緩んだ。
はっとして視線を戻すと、先輩の肩越しに人影を認めた。
見える店の最奥、膝ほどの位置に作られた式台。その上に設置された、会計処と思しき小机の向こうで、体格の良い男性がかったるそうに胡座をかき、帳面を捲っている。
若い。
骨董屋と聞きそれなりの歳かと揣摩していたので、つい目が丸くなってしまった。
店に似つかわしくないジャージ姿の男性は、俺たちを見るなり顔を顰めた。
「ちっ、やっぱ来やがった」
「久し振り~、仏頂面は健在だね」
「うっせ、帰れ」
「そんな事言っちゃってー。寂しかったでしょ?」
「目出てぇ奴」
突如始まった親しい遣り取りに歩みが止まる。
軽快に交わされる言葉遊びに入って行けず身の置き場に困る。呆と突っ立っていると男性の金眼が俺を捉え、ひょいと片眉を上げた。
「新顔だな。誠はどうした」
「マコは無事独り立ちしましたー。この子はうちの新人君。虐めないでね」
「初めまして、中津です」
ふうん、とやる気の無い返事をした骨董屋は無表情のまま、探る様に俺を眺める。
気まずい。中途半端に上げた手が虚しい。
握手すら返してくれない彼は、最後に視線を一走りさせ、感心するように頷いた。
「変わった色してんな」
「い、色……?」
「こら、言ってる傍からやるんじゃないよ。怯えるでしょうが」
「怯える、ねぇ……」
彼は顎を摩りながら、意地が悪そうに口の端を歪め、
「そんなタマにゃ見えねぇけどなあ?」
鋭い金眼を皮肉に細めた。
その挑発的な態度にむっとする。
初対面でこれはないだろう。喧嘩を売られているのだろうか。
口にこそしないが、第一印象は最悪である。
思わず口をへの字に曲げた俺の隣で、タマキさんが腰に手を当て、溜息をついた。
「そういうのをやめなさいって言ってるの。傑も。簡単に煽られちゃ駄目でしょうよ」
「す、済みません……」
「くくっ、ちゃんと先輩してんのな」
「うっさいよこの性悪。取り敢えず通してくんない? 要件は分かってんでしょ」
「へいへい」
口の悪い骨董屋はのそりと立ち上がり、背後の障子を開けて奥へ引っ込む。
続いて上がり込もうと靴を脱ぎ始めたタマキさんに、ぎょっと目を剥く。
「ちょっと待って下さいよ、いいんですか?」
「ん? いいのいいの、どうせ客なんて来ないんだから」
違う、そこではない。
俺の懸念点は令状を持たず民家へ上がる事であり、店の経営は気にしていない。
むつりと口を閉じる俺に彼は何を勘違いしたのか、緊張しないの~、なんて見当外れの励ましをくれる。
そのずれっぷりに拍子抜けしてしまって。
なるようになれと式台へ膝を乗せた。
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