アオザイの国

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 店に入るとレジから近い席にトゥンは待っていた。目が合うと、満面の笑みを浮かべて手を振っている。直哉も微笑して片手を上げ、四人掛けテーブルの対面に座った。 「来てくれてありがとう直哉。嬉しいよ」  トゥンは身を乗り出すようにして卓上にある直哉の手を握った。久しぶりに見るトゥンは、服装や髪形も日本人の若者と変わりなく小ざっぱりしていた。もともと中国系の血も混ざっているそうで、ぱっと見は濃い顔立ちの日本人と言っても違和感がないほどだ。 「ああ。急にいなくなった訳を知りたかったからな……。いや、やっぱ一万の方が強いか」  言って直哉も顔をほころばせた。 「ああ……これ、遅くなってごめんなさい」  トゥンはシャツのポケットから折り畳まれた一万円札を手渡した。 「たしかに。よし今日は、この金で飲んで食おうぜ」 「今日はボクのおごりと言ったでしょ。大丈夫。もうコース料理頼んでいるよ」  店員に酒を注文している間、直哉は改めてトゥンの顔を見た。相変わらずまつ毛が長く、瞳の大きい童顔ではあるが、以前とは何か雰囲気が違う。単に泥臭さが抜けただけではなく、仕草や口調までもが丸みを帯びたように感じられた。
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