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リュックを床に下ろしてウィンドブレーカーから袖を抜く。
勧められた椅子につくも、なんだか落ち着かず、カコはカウンター越しのスミさんに声をかけた。
「あの、手伝いますか?」
静かな頷きが返ってくる。
カコは慌てて席を立ち、腕をまくりながらキッチンの内側へ回り込んだ。置いてあるお茶碗に、しゃもじで白米を盛り入れる。味噌汁を湛えたお椀を受け取り、テーブルへ運ぶ。取り皿を並べる。箸を揃える。
カレイの煮付け、カボチャとこんにゃくの煮物、白米、味噌汁。ガランとした食卓に和食が並ぶ。なぜか外国人になった気分だ。
それにしても、変わった形の机。四角でも丸でもなく、波のようにゆったりと歪曲している。
カウンターから出てきたスミさんが席に着いたので、カコも今度こそ椅子に腰を下ろした。手を合わせて、なるべくお行儀よく見えるやり方で箸を運ぶ。どこかへ飛んでいかないよう慎重にカボチャを挟み、口に入れ、カコは思わず低い唸り声をあげた。
「美味しいです」
「そう?」
自身も玉こんにゃくを食べながら、なぜか意外そうな面持ちでスミさんが言う。
「これね、ピーナッツカボチャ。貰い物で、飾り用の小さいやつだから食べるのには向いてなかったかもと思ったんだけれど……」
「いえ! すごく美味しいです」
「そう? それならよかったです」
確かに、食感が普通のカボチャとやや違っている。ホクホクというよりかはシャリシャリしていて、噛むと林檎のようにあっさりと細かくなってスッと喉の奥へ消えた。
「遠かったでしょう」
突然の問いかけに、カコはカボチャを運ぶ箸を止めた。
「はい、結構……」
「どのくらいかかりましたか?」
「……二時間くらい」
スミさんは少し目を見開いただけで、何も言わなかった。代わりに席を立ち、カウンターを挟んだ向かいの洗い場へと回る。見れば、スミさんの茶碗も、お椀も、平皿も、小鉢も、すべて空になっていた。
「マコモ茶は飲みますか?」
――まこも?
聞き慣れない単語に首をかしげるカコへ、スミさんは乾燥したネギのような植物の束を掲げて見せた。
「クロボ菌という、腸内環境を改善してくれる善玉菌をたっぷり含む植物です。味も癖がなくて飲みやすいので、わたしは毎晩お茶にして飲んでいます」
――クロボ菌? 腸内環境の改善?
カコは説明の半分も理解できなかったが、申し出を断る理由もなかったので、素直にいただくことにした。
ハサミでマコモの端を切りとり、次々ポットの中へ落としていく。そこにお湯を注ぎ、丁度ワインを飲む際にやるような仕方で、ポットで宙へ円を描くようにくるくると揺らした。
――なんだか、異世界に迷い込んでしまったみたいだな。
ぼんやりとそんなことを思いつつ、カコは徐々に淡い草色へと変化していくポットの中身をみつめていた。
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