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 ザザ、という微かなノイズ音が、繰り返し夜の空気をかき混ぜる。  暗闇のもと、その音と”波”とが彼女の中で結びつくのには随分と時間を要した。それだけ、心の余裕が欠如していた。波よりも早く、大きく打ち寄せてきた不安に呑み込まれた彼女は、空気を求めるようにして咄嗟に頭上を仰ぎ見た。  星。  白く小さな光の粒が、儚く、しかし力強く夜空いっぱいに散らばっている。  紺色の画用紙の表面にパッと白い絵の具が飛んだような、実際の星空は、そんなものではなかった。底のない恐ろしく深い穴があり、そこへうっかり落っこちないよう、全身に力を入れた星たちが穴の入り口へしがみつくようにして浮かんでいる。星の瞬きが筋肉の痙攣に見えたのは、彼女にとってもこれが初めてだった。  ふと真横を、大きな魚がとんでもない速度で通り過ぎ、彼女は驚いて首を戻した。  それは魚ではなく、車だった。  白い二つのバックライトが、真っ直ぐな道を遠ざかっていく。やがて再び暗闇と沈黙とが重く彼女にのしかかる。  今しがた車の消えていった方向へ爪先を向け、二三歩踏み出し、キャリーバッグを転がし、とうとう彼女はウィンドブレーカーのポケットからスマートフォンを取り出した。  画像フォルダからスクリーンショットを探し出し、そこに写された電話番号をダイヤル画面に入力する。  発信ボタンを押す。  画面を耳に当てる。  呼び出し音の反復に合わせて、目尻の熱が増していく。彼女はほとんど泣きそうになりながら、しかし決して相手にそれと悟られぬよう、キャリーバッグの持ち手を握る拳にギュウと力を込めた。  ザザ、と波が音を立てる。  彼女は、既に帰りたくなっていた。
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