虎は死して皮を留め

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 取材ですか?  はは……いくら元永世十段とはいえ、私はもう将棋界を引退した身ですよ。静かに余生を暮らしつつ、誰を相手にすることもなく将棋盤を前にするだけの日々です。なので雑誌に記事を載せるというのなら、現役の棋士を取材された方がよろしいかと。  ……そうですか。引退した理由をお聞きになりたいと。  確かにあなたの言われる通り、引退前の私はB級に所属していたので65歳の定年は適用されませんでした。  実際、そうして70を越えて現役で戦っておられる先輩棋士の方もお見えですしね。  理由……そうですね。あなたの仰るとおり、『彼』の台頭が大きかったのは事実です。  そう、若干17にして私と棋王のタイトルを争った『新時代の帝王』益田六段ですよ。いや……今は八段か。はは、凄いスピード出世ですね。  ええ、彼のことはアマチュア時代からよく知っていました。  詰め将棋の全国大会で中学生の身でありながらプロをぶっちぎっての優勝……それも2連覇でしょ? 有名にならないはずがない。『とんでもない逸材が現れた』と大変な騒ぎでした。  いやぁ、彼のデビュー戦は鮮烈だったなぁ。いきなりの斎藤九段との一戦。いくら先生がC級所属であったとしても、それでも『天地開闢以来の天賦』と呼ばれた斎藤九段をまったく寄せ付けない完璧な攻めでした。私も後で棋譜を見て唸ったものです。  『いずれは』と思ってましたよ。ええ、それは。そしたら意外に早く対局の機会を頂戴して。  結果ですか? はは、それをお聞きになりますか? 当然ご存知かと思いますが。ええ、その通り。完敗でしたよ。当時の彼はまさに破竹の勢いでしたし。デビューしていきなり歴戦のプロを相手に無双しましたからね。まったくもって考えられない話です。  棋王のタイトルを争ったとき、私はそれでも彼の棋譜を徹底的に研究しましたよ。何しろ『永世十段』の意地とプライドが掛かってますから。タイトル戦で負けるわけには行きませんな。   でも、結果としてはまさかの3連敗……お恥ずかしい限りです。  彼と対戦したときに感じたのが、彼の得意とする『理解不能な駒の動き』でした。  序盤から中盤に掛けて少し展開が中だるみになりそうなタイミングで、「あれ?」と思うような駒を繰り出してくるんですよ。これがまったくその意図が読めないんです。  いやはや、こっちもプロですから「これは後々どう働くのか」と考えるんですが、理解が追いつかない。もしかして緩手(ミスのこと)かと思って無視をしていると、これが30手以上も先で突然に「え?!」という働きをする。……いやはや、舌を巻くばかりですわ。  これはいったいどういう事なのかと。  でね。  私は考えたんです。  ホラ、半年ほど前に帝都大学で画期的な発明があったと報道されたでしょ? そう、『他人の才能をコピーしてレンタルできる』というアレですよ。
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