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夏目といえば学校で有名だ。
所謂一匹狼という奴でいつも一人でいる。たまに外で見ると大体において喧嘩をしている様な男。
ただし、見目は悪くないどころか極上で時々派手めの女子が話しかけているのを見たこともある。
放課後、手紙で呼び出された体育館裏の用具倉庫の前に行ってみると、はたしてそこにいたのはその夏目だった。
意味が分からないというのが正直なところだったのだ。
端から、告白だなんて甘酸っぱいものは想像していない。
元々の造顔こそ悪くは無いんだろうけど、モテたためしはない。
モテるのはいつも双子の海音(カイト)の方だ。だからこんな風に呼び出されても基本的に海音との仲を取り持ってほしいという話ばかりなのだ。
夏目という男と兄弟にお願いして仲を取り持ってもらうというのはどうにも結びつかない。
理由が全く想像が付かずぼんやりと夏目を眺めていると、夏目はニヤリと見たことの無い下卑た笑みを浮かべながら自分のスマホを差し出した。
そこに写っていたのは、暗くていまいち判然としないがスーツ姿の男にしなだれかかる俺と同じ顔の人間の写真だった。
「顔ばっちり写ってるだろ。
お前、クラスでも人気者なんだってな。
黙っていて欲しければ……、分かるだろ?」
そこで夏目の浮かべた表情で何を要求しているかなんてすぐに分かった。
こんな色気のある表情をしていて間違えるはずもない。
ああ、そういう事か。仲を取り持ってほしいじゃなくて、夏目という男は直接こう来るのか。妙に納得してしまう。
ただ、その相手が本当は海音の筈が俺、空音(クオン)に話を持ってきてしまうあたり、俺になんの興味も無いんだろうなと思った。
「あの……。」
間違いを訂正しようと口を開くと、夏目は舌打ちする。
「この写真をばらまくかばらまかないかどちらか以外聞くつもりは無い。」
きっぱりと返されてしまい。思わずため息をつく。
それと同時に、説明もさせてくれないなら、俺の所為じゃないと自分に言い訳できそうだと思った。
「分かりました。いう事を聞けば写真を消してもらえますか?」
人並みに双子の片割れは好きだが、これは自業自得だと思っているしそこまで献身的に代わりに身を差し出してやるほどお人よしにもなれない。
じゃあ、なんでだ。
そんなの決まっている。決まり切っている。
俺がこの男をずっと好きだったから。
ただ、それだけだ。
夏目はそんなこちらの事情は知らない。
ニヤリと面白そうに笑った後、ついてこいとだけ言った。
俺は歩きだしてしまった夏目を追いかける。
「あの、一つだけお願いがあるんですが。」
「なんだ?」
面倒そうに答える夏目になるべく平静を装って言う。
「俺の事は苗字で呼んでもらえませんか?」
海音の名前で呼ばれたら多分馬鹿みたいに泣いてしまうだろう。
だから、俺の事なのか海音の事だか分からない様に志村と呼んでほしいと伝える。
「名前なんかセックスするのに必要ないだろ。」
「ならいいです。」
必要ないのならそちらの方がいい。
自分でも馬鹿なことをしていると分かっているのに逃げる気すらない。
後でバレたら殴られるかもなあとまるで他人事の様に思いながら、ぼんやりと夏目の背中を追いかけた。
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