さようなら

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 しばらくすると、無くなったはずの右足裏に強烈な痺れを感じ、僕は夜な夜なうなされた。同室のおじさんが心配して看護師を呼んでくれ、薬を飲むと少しは落ち着いた。  切断患者によくある『幻視痛』というものらしい。今まで当たり前にあった右足が無くなり、頭の中にある身体の記憶と現実の身体がそぐわないために起こる現象らしいが、はっきりした原因は分かっていない。  僕はこの病棟では最も若かった。しかも断トツに。同室者のおじさんたちは一番上が82歳。その他の2人は70代だった。  廊下で30代くらいの方に会ったが、僕のような青少年クラスの人は見かけなかった。  その点、僕は可愛がられた。特に同室のおじさん達からは。いつも声を掛けてくれて、時にお菓子を貰ったり、ジュースを買ってくれた。  父親のいない僕は、今まで感じたことの無い安心感を少なからず感じていた。  僕は母子家庭で育った。父親の顔は分からない。どうやら母が昔付き合っていた男性との間にできた子供らしい。母はその彼と別れた後、お腹に僕を宿していることを知った。そして1人で僕を生み、誰にも頼らずに、僕を育てた。  母は僕を保育所に預けると、夜遅くまで働いた。小学校へ行くようになると学童に預けられ、家へ帰宅しても1人で過ごすことが多かった。
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