貴方

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貴方

私は貴方が好きだたのよ。 だから、最後に私の話、聞いて。話すの苦手なのは知ってるでしょう?長くなるかもしれないわ。 貴方の好きなコーヒーを淹れたわ、飲んで頂戴。最後くらいお返しがしたいの。私の淹れるコーヒー好きでしょ?練習したのよ。 じゃあ、落ち着いてきた頃だし話すわね。 私にとって貴方はなんでも出来て、私のような人間にも優しく、まるで女神のような人。 初めて出会った時のことを覚えてる? きっと貴方は人気者だから、私のことなど覚えてないのでしょう。でも私は、はっきりと覚えていますよ。 私が幼い頃、母に捨てられ泣いたあの日。私は裏路地を歩いてて、ついにはひもじくなってしまって。だって、小さな子供ですものね。疲れ果ててお腹を鳴らしているところを、貴方に偶然見つけてもらえた。私にとっては奇跡でしたのよ。それから貴方は太陽のような暖かく優しい笑顔で 「大丈夫。おいで」 と、両手を広げ私を包み込んでくれた貴方。 私は母を思い出し、思わず貴方にしがみついた。貴方は汚い私にパンを与え、屋敷に連れて行ってくれたわよね。 そこには私のような身寄りの無い子どもたちが沢山いて、新しい仲間だと紹介された。そこの子どもたちは大人みたいに大きな子から、私よりも小さい子もいたわね。懐かしいわ。私はすぐには馴染めなくって、貴方の後ろに隠れていたけど年の近い子が「一緒にあそぼう」と誘ってくれて。 あら、コーヒーは美味しい?良かった。うとうとしちゃって、もう眠い?話長いものね。まだまだ続くわよ。そうだ、クッキーも作ったの食べて。 続き話すわね。 そこから毎日が楽しいの。痛いことがない、辛いことがない。皆優しくて面白い。貴方は私達と一緒に無邪気に笑って歌を歌い、少しのことで笑いあったり、眠れないときは絵本も読んでくれて眠るまで側に居てくれたっけ。初めてずっとここにいたい、って思えたわ。でもね、大人になるのは早いわね。私もとうとうこのときが来てしまった。大人になると働きに行かないと行けないのよね。大人だもの。もう、ここには戻ってこれないのよね、寂しいわ。そうそう、貴方はたまにお出掛けに行っていたわね。秘密の場所。 何処へ行ってたのか知ってるのよ私。知らないとでも思ってた?貴方のことなら何でも知ってるの。どうやって知ったのかって?知りたい? 「………」 いいわ、どうせだから教えてあげる。 そうね、あのとき私は12歳の時ぐらいだったかしら。好奇心旺盛なのよ私。貴方は皆が寝静まってから出掛けてた。そうでしょう? たまたまね、私も目が覚めてしまって誰かが廊下を歩くのを聞いたのよ。一瞬泥棒とかと思っちゃったわ。警戒してそっとドアをあけるとね、貴方が歩くのを見たのよ。私は貴方が何処かへ行ってしまうんじゃないかって心配で、もう二度と会えないんじゃないかって 、それでそっと後をつけたの。貴方はここの屋敷の庭の、少し離れた小屋へ入っていった。あそこの小屋って普段暗い雰囲気だから、なかなか皆近づかないのよね。私その時に初めて行たわ。なかなかあそこ怖いわよね。小屋の横に草むらがあるのわかる?私あそこに貴方が入っていったあと隠れてたの。丁度ね、小屋の壁に穴が開いてて中が見えたわ。床に取手が付いていて、多分地下室があるのね。しばらく見ていたら、貴方がそこから出てきたわ。その時の貴方の表情ったら忘れられないもので、今までにないくらいに冷たかった。今も脳に焼き付いてるわ。ふふ、今は穏やかね。あのときの顔も美しいけれど、やっぱり貴方は眠ってたほうが美しいわ。 貴方が屋敷へ戻ったのを遠目に確認して、私中に入ったの。今思えば凄い度胸よね、好奇心には勝てなかったのよ。息を呑んで取手をつかんで、一気に手前に引いた。あっさりと開いちゃた。もっと用心しとけばよかったわね。今更悔やんでもしょうがないわよ。 私の推測した通り、地下へ続く階段があった。小屋の棚に蝋燭があって、隣にマッチを置いてたでしょう?それで灯りは確保。充分な明るさよ。 足元に気を付けて、壁に手を当てながらゆっくり、ゆっくりと進んでった。15分かしら、歩くと扉があって回すとやっぱり鍵が掛かってる。普通そうよね、この先にあんなものがあるもの。諦めてそのまま戻ったわ。次の日の夜、抜け出してもう一度行ってみたの。今度は小屋の中を隅々まで調べたわ。そしたらね、床の板で一枚だけ軋むものがあった。怪しいと思って取ってみたらその下に人差し指ぐらいの鍵があったわ。その鍵を握りしめて、昨日と同じように降りていったの。 ガチャリ ドアは開いたわ。キィッーと開けると、ツンと鼻を突く生臭さ。暗闇を照らすと、沢山の部屋。番号も丁寧に振られてる。地下って防音なのかしら、ドアの前では気づかなかったけど中へ入って初めて聞いた唸り声や悲鳴。驚いて声も出なかった。しばらくは時が止まってて、やっと落ち着いてきた頃に近くの部屋を見たわ。ドアには小さな鉄格子の窓がついてて、中が見られるのよね。覗いてみると、3つ上の働きに出ていったはずのお兄さんがいる。でも、私が知っている幸せそうなお兄さんとは違う。だって足や腕がないの。暗く項垂れてて唸ってる。慌てて目を反らしたわ、見てられないの。助けてあげればいいのにね。その時の私はそんな余裕なかったわ。本当に悔しい。 隣には姉さんがいた。まだ体には何も傷が付けられてなくて、横を向いてた。私はたまらなくなって必死に走って屋敷に戻ったわ。私は見たことを忘れようとした。久しぶりに、寝れない夜を過ごしたんじゃないかしら。その時は分からなかったけれど、きっとオークションに出されるのよね。だってずっと不思議だったもの。貴方、働いてもいないのにどうやって私達を育てられるのか。  地下に閉じ込めてたのってやっぱり、オークションで高くで売れるから? 「…」 そうなの、悲しいわね。 私、貴方は母と違うって信じてたのに。結局自分のことばかり。でも私、貴方の助けてくれたときのこと、楽しかったあの日々が忘れられないの。嫌いになれないのね。私にとっては、どんな姿も大好きな貴方だもの。 それから、私は考えたわ。このまま逃げて、昔みたいに一人で街を彷徨うか、それとも15歳までの幸せな時を過ごし、ここで死んでいくのか。 答えは決まってる。そうよね。残りの日々はとても楽しかった 。良い思い出になって、もう思い残すことは何も無いわ。 最後に貴方に話せて良かった。 屋敷は燃やすの。あの子達も一緒によ。そのほうがあの子達にとっても幸せなの。もう、誰も苦しめたくないの。これからは貴方と皆と一緒にずうっと居られるわね。何も怯えることはない。私達だけの世界。邪魔はいない 睡眠薬、多めに入れてて良かった。ぐっすりね さっきこの小屋にも貴方が眠ってからオイルまいたの。そうね、12時になったら火をつけるわ。 幸せの鐘がなる 今日で私は15歳 私の命が散る日 私は静かに火を落とした           END
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