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終章、牽牛と織女
哉は夜明け前、浅い眠りのなかでうとうとしていた。
哉の脚にそっと触れる体温がある。
櫂が哉の下半身に手を伸ばしてきたようだ。
――櫂さん、まだやりたいのかな。……夕べ、足りなかったかな。
しかしどういうわけか肝心のところになかなか触れてこない。太腿の内側をしきりに撫でまわされるので、こそばゆくて仕方ない。まだ眠たいのもあって我慢していると、ぐいっと脚を開かれた。何か調べているのか? 検査でも受けているような気分になる。
「……もう、何なの? どうしたの櫂さん」
こらえきれずに目を開けて半身を起こすと、櫂が決まり悪そうな顔でこちらを見ている。
「何でもない。……寝てていいよ」
「そんなところを触られたら寝てられないですよ」
「哉さん、最近、火傷した?」
「火傷?」
「太腿の内側に、煙草の火を押し付けられたりとか」
「……はあ?」
――気持ちよく寝ていたところをわざわざ起こして、いったい何の話ですか?
哉が戸惑っていると、櫂がふっと笑みをもらした。
「本当に何でもないんだ。ごめんね、起こしてしまって」
「……まだ朝早いでしょう」
ぐいっと櫂の腕を引いて胸の中に引きずり込んだ。
櫂が満足そうなため息をついて、つぶやくように言う。
「あのね、哉さん。昨日、演芸場の楽屋で彼に会ったよ」
「彼?」
「哉さんの三味線のお師匠さんだった人」
気持ちよく二度寝に入りかけていたが一気に目が覚めた。
反射的にガバッと身体が起きる。
「えっ」
「最後に飛び入りで演奏を披露したでしょう。すごい美男子だね」
「俺はその時、外にいたから知らなかった。何か話した?」
「少しだけ。もう抱かれたのかって聞かれたよ」
「……!」
哉は目を見開いて絶句した。櫂がおかしくてたまらないという顔をする。
「だからね。『私とするときは私が抱くんです』って言っておいたよ。受け身の哉さんはすごくかわいいのに、あなたはご存じないんですか、それはもったいないですね、って」
「櫂さん……」
「……フフッ。冗談だよ。そんなふうに切り返せたらよかったんだけど。本当は、意地悪を言われたい放題、言われて何も言い返せなかった」
「……それで昨夜は」
――あんなにボロボロになっていたのか。
哉が言葉を失っていると、櫂が穏やかに笑った。
「でも、哉さんのお師匠さんに意地悪されて、はっきり気づいたよ。私は哉さんを幸せにしてあげたいし、哉さんと生きていきたい。だから、むしろ感謝してるくらいだ」
「……」
「篤弥さん……だっけ。いっそ潔いほどの性悪なんだね、彼」
「櫂さんもそう思いますか」
「うん。しかもホラ吹き」
櫂に、頭を柔らかく抱きしめられた。きめの細かい肌が心地よくて、哉は思わず頬ずりする。
「櫂さん。もうっ……大好き」
「私もだよ」
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