一、もう待てない

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 額に張りついた前髪をかき上げて、哉はもう一度、櫂に口づけする。舌の感触と温もりが心地いい。離れていく櫂の唇をなおも追おうとすると、肩を押さえられ仰向けに転がされた。手がそっと哉の下半身に伸びてくる。畳の上に身体を横たえながら櫂を見上げると、思わせぶりな笑みを浮かべた彼と目が合った。 「……ちょっと、何をするの、櫂さん」 「いいから」  そう言いながら哉の足元に身をかがめる。舌を這わす櫂の表情を見ているだけで暴走しそうになって、哉はもうたまらない。 「はぁ……っ」 「哉さんの、やっぱり大きい。顎が外れそうだ」  櫂が笑いながら口を離し、哉に馬乗りになった。哉は驚いて身を引きかける。 「……櫂さん待って、まだ充分には柔らかくなってないでしょう」 「大丈夫」  櫂がかまわずに腰を沈めてくる。きつい締めつけに哉は身震いした。薄暗い室内で、時折ひらめく雷の光に櫂の裸身が浮かび上がる。哉は櫂の両手をとった。指が強く絡んでくる。緑と土の匂いのこもる蒸し暑い空気のなかで、肌に玉のような汗が浮かんできた。哉と櫂は互いの身体にひたすら酔いしれた。 「……気持ちいいね、哉さん」 「うん」 「哉さんのほうこそ、このふた月、気まぐれを起こさなかった?」 「起こすわけない」 「本当に?」 「櫂さんのことを思い出して、ひとりでしてました」 「いやらしいなあ」  櫂がゆるゆると腰を動かしながら笑う。哉はもう限界だ。 「ああもうだめだ、いく……っ」  達して果てた哉を、櫂が笑みを浮かべて見つめている。哉は荒い息を吐きながら小さく笑って顔を覆った。 「あんまり見ないでください」 「さっきのお返しだよ」 「意地悪だなあ」 「私も、哉さんの顔が大好きだから」  櫂はそっと身体を離し、哉の横に寝そべった。上がった息がだんだん収まっていく。  いつのまにか外の雨が小降りになっていた。窓の外が明るくなり、雷鳴も遠のいた。哉は櫂の身体をそっと引き寄せて腕のなかに収めた。櫂は自分と変わらないほどの上背があって、骨格も男らしく張っている。それでもどことなく細身で頼りなげな櫂の雰囲気が、哉は大好きだった。 「櫂さんに初めて会ったときもこんな、通り雨の日でしたね」 「そうだったね」 「迷子になっていた櫂さん、かわいかった」 「あんまり言わないでほしいなあ。今日も結局、私の方向音痴のせいで哉さんをさんざん待たせてしまった」 「まったくですよ」  哉が大げさに顔をしかめて、櫂をにらんだ。櫂は哉の裸の胸に顔をうずめて小さくなる。 「ごめんね」 「かわいいから許します。それにこうして無事に帰ってきてくれた。言うことなしだ」 「うん。ありがとう」 「熊本のみやげ話、いっぱい聞かせてください」 「とても貴重な体験だったよ。あちらはもともと朝顔とか菊とか、古典園芸の盛んな土地柄でね。系統の保存方法も確立しているし、なんといっても――」  嬉々として話しだした櫂の口を、また哉が唇でふさぐ。 「ごめんなさい、櫂さん。やっぱりあとでゆっくり聞きます。……もう一回、してもいい?」 「うん」  ――ふた月。長かった。それに今日一日も長かった。  櫂の腕が哉の首に絡んでくる。哉はそっと櫂の脚を持ち上げた。 (第二話につづく)
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