06

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「そんな棒きれで何ができるって? お前、馬鹿だろう」 「俺は馬鹿だよ」  でも。大切なものが何かがようやく分かった気がするから。誰かとまともに喧嘩すらしたことがない俺は、がむしゃらに何度も体当たりで突っ込んでいくくらいしかできない。見物の輪から一人、また一人と出てきて俺を囲んできた。笑いながら水晶の眠る岩に別な道具を打ち付け始めた男に体当たりをしたところで、俺はあっけなく転がっていた。すぐ地面に押し付けられ、自由を奪われる。こんな時に罵倒する言葉一つ浮かばない自分が情けない。 「この野郎がこんなに必死になっているっていうことは、やっぱりここのブツは本物ってことだな! まあ、せっかく鳥たちを懐柔してこの谷に入り込んだんだ、そうじゃないと……んん? こいつ、随分高そうな腕輪をつけているな」 「どれ……お? こいつはアルマ・カテラってやつじゃないか? 一度だけ見たことがある。めちゃくちゃ珍しい宝石だ。なんせ、有翼人どもを殺さない限り手に入れられないって言われているくらいだからな」  男たちの雰囲気が、一気に変わるのを感じた。鼻息が荒くなり、無理やり腕輪が嵌まっている方の腕を持ち上げられる。耐えきれず苦鳴を漏らすと、誰かがまた口笛を吹いて囃し立てた。 「なるほど、こいつが盗んだのはアルマ・カテラだったってわけか。やるじゃねえか! ほら、若いんだから命は惜しいだろう? おじちゃんたちにこの腕輪を寄こせば、身体だけは生かしてやるぞ」 「断る!」  絶対に、お前たちにやるものか! 何とか男たちの拘束から逃れようと必死にもがく俺の腕から、男たちが無理やり腕輪を取ろうとして――唐突に野太い悲鳴が上がった。青い、光だ。それが鳥のように真っすぐと空に向かい、あっという間に彼方へと消えていく。  見物をしていた男たちの何人かは、目を押さえて地面に蹲っている。力強い羽ばたきが聞こえてきたのは、その後すぐのことだった。 「ま、まずい……! 白鷹の王だ!!」  おい、お前も逃げるぞ、と何故か男たちが俺も引きずり出したところで、聞き慣れた低い声が、何か呪文みたいなものを唱えるのが聞こえた気がした。  その声と共に強い風が巻き起こり、谷の奥から体の透き通った鳥たちの大群が現れて、一斉に男たちへと襲い掛かる。衣服を器用に剥かれたり、今まで散々悪いことをして貯えて来ただろう財布を呆気なく奪われて空へと向かって放り出されたり。  透き通った鳥たちは一陣の風となってあっという間に彼らを谷から追い出していくのを、呆然と見送る。舞い降りてきた羽ばたきと共にまた風が巻き起こって――目をとじた俺は、力強い腕の中に閉じこめられていた。 「……ようやく見つけた!」 「ごめん、神さまが……そんなのどうでもいいな。俺も逢いたかった、ヴェル……」  ぎゅうぎゅうに苦しいくらい抱きしめられているうちに、嬉しいはずなのにまた涙がボロボロと出てきた。愛しい男の名前を、最後まで上手く言えなくなる。こんなグチャグチャなのに、無言のまま深く口づけられて――今になり震え出した両の手で、俺もヴェルリヤの身体に抱きついたのだった。 *** 「手の震えが止まらない……」 「必死だったのだろう。あの人間たちの中にヒロを見た時は――血の気が引いた。鎮魂の谷に人間を招き入れた者たちもまた、先祖たちが追い払うだろう」  あの後。  すっかりと腰が抜けた俺はヴェルリヤに無事回収されて、いつもの部屋へと戻ることができた。水を使わせてもらって土埃を落とすところから着替えまで、片時もヴェルリヤは離れない。恥ずかしいから、と言っても聞いてもらえず、ベッドまで抱きかかえられたまま運ばれる羽目になってしまった。  俺が横になっているところにヴェルリヤが膝枕してきて、もうされるがままになっている。ようやく自分のことを見る余裕も出てきて、まだ細かく震える己の手に気づいたというわけだ。 「俺もさ、お金貯めるのが第一ってほんの少し前までは思っていたんだ。もちろん、ちゃんと労働してだけどな。でも、ヴェルリヤが守っている谷を……誰かの大切な人の亡骸を、金儲けの道具にするなんて絶対に許せなくて」 「魂の宿る石は、人間たちの作った道具くらいでは傷をつける方が難しい。どうにかできるとしたら、それはただの岩だ。……ヒロが無事で本当に良かった」  そうだったのか、と俺の全身から力が抜ける。「だが」と続けたヴェルリヤに視線を向けると、いつもよりも和らいで見える薄氷の瞳と目が合った。 「ヒロの気持ちはとても嬉しく思う。ずっと真っすぐで……そうでなければ、こんなにも心を動かされることはなかった。目の前から突然消えてからというもの、ずっと探していた」 「ほんと、俺にも何がどうなっているんだか良く分からないんだけどさ。俺の、幸せになれる場所はここなんだって」  自分でそう言っておいて、恥ずかしくなる。照れながらヴェルリヤに笑いかけると、彼もふわりとした笑みを返してきた。その綺麗さにいちいち驚いてしまう俺に、ヴェルリヤがまた口づけてくる。その口づけは、舌を絡ませた更に深いものへと変わっていって。さっきヴェルリヤが着せてくれた服も当人の手であっけなく奪われ、身に着けるのはあの青い腕輪だけとなってしまった。 「それは、何にも代えがたい言葉だな――番いとして」  耳元で囁くのは、狡い。くすぐったくてつい声を出して笑ってしまった俺をあっさり組み敷いてきた男の手が――その雄が、俺を求めてきて――番いになるという意味を、身をもって知ることになった。 「……ぅ、……」  無意識に身体が逃げかけて、つい俯せになってもヴェルリヤは離してくれない。俺の背に、ヴェルリヤが覆いかぶさってくる。密着すると、想像よりもヴェルリヤの体温は高くて、やっぱりベースは鳥なんだな、なんて気を紛らわせようとしているのに。 「なっ……くすぐったい……!」  耳のあたりからうなじを辿って来たヴェルリヤの唇。背中に口づけられるなんて思ってもみなくて、抗議のために振り返ろうとした俺は呆気なくまた唇を奪われてしまった。仰向けで、とにかく端整な顔立ちの男と向かい合うのは、無性に恥ずかしい。 「そこ、なんで……っ」  ふ、と柔らかに微笑んだ男に、期待してはいけなかった。その形の良い唇で舌で、普段なんの意識もしてこなかった乳首を舐り始めて――もう一度逃げかけた体は、しっかりとヴェルリヤの大きな翼に閉じ込められていた。
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