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窓の外で雨音が響いている。
君は今どうしているだろうか。
誰かの隣で笑っているだろうか。
もしそうならば、俺は嬉しい。
こんなことを考えていると知ったら、君は怖がるだろうね。
ごめんね、忘れてあげられなくて。
でも許して欲しい。
君の幸せを願って別れた俺にとって、君の幸せを願い続けることだけが俺の幸せだから。
君の幸せが俺の幸せだから。
「おい悠里、タバコ寄越せよ。」
俺が背もたれにしているベッドで横たわっている男が俺の肩に顎を乗せた。
その口に吸いかけのタバコを咥えさせる。
赤い火が白っぽくなった。
吐き出された煙は俺の周りを漂い、俺も続くようにしてタバコを咥え、肺一杯に煙を充満させる。
「目覚めのタバコは最高だな。お前いつ起きたんだよ?」
「さっき。目覚めの一服だよ。」
「そっか。にしても、タバコが様になってきたな。出会った時は嫌いだったくせに。」
男は俺の首筋に鼻を押し付け、タバコを吸うように肺を膨らませた。
「今でも嫌いだよ、くせぇし不味いし。」
「だったら吸わなきゃいいだろ。俺は別に無理強いしてないぜ。」
「吸わなきゃいけねぇんだよ。俺が俺じゃなくなるために。」
「また始まった。お前の意味わかんねぇ発言。お前がお前でなくなるわけないだろ。」
男の手が裸である俺の上半身を滑っていく。
首筋に熱く湿った舌が這わされた。
吸いかけのタバコを名残惜しく吸い、灰皿に押し付けて火を消した。
顎に手をかけて振り向かせてきた男の肺に煙を送り込む。
互いの口から煙が漂う。
触れる全てがタバコの味がした。
雨音が響き続ける。
君の顔がちらつく。
男の体が密着している。
君は言ったよね。
私には勿体無さ過ぎるって。
だけど違うんだ。
俺に、君が勿体無さ過ぎたんだ。
君にはもっといい人が居る。
俺は君に嫌われて当然だったんだ。
君が俺を嫌いになった理由。
それは、俺が君の嫌いなタバコを吸うから。
止めても辞めない俺に嫌気がさした。
君が俺を嫌いになった理由。
それは、俺が男と浮気をしたから。
男のくせに男に抱かれて喜ぶメス犬だったことに絶望した。
君が俺を嫌いになった理由。
それは、俺が君に嫌われて当然のことをしたから。
俺は君に愛想をつかされて当然だった。
だから君は悪くない。
悪いのは俺だから、泣かなくていいよ。
謝る必要も、礼を言う必要もない。
悪いのは全て俺なんだから。
雨が降ると君の顔が浮かぶ。
君の苦しそうな笑顔だ。
俺はそれをかき消すようにタバコを吸う。
君はタバコが大嫌いだった。
臭いし体にも悪いし周りにも迷惑をかけるからと、喫煙者を見かけるたびに嫌そうな顔をした。
だから俺は君に嫌われるために吸い続けている。
俺が君と別れなきゃならなかった理由が欲しかったから。
このタバコも、あの男も。
君が別れを決断するに相応しい理由が必要だった。
そうしなければ、君を嫌いになりそうだったから。
どうしても別れなきゃならなかった理由が分からないから。
俺は君の幸せを想いたい。
だから俺は今日も雨音を聞きながらタバコを吸う。
君の幸せを願って。
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