8/8
前へ
/45ページ
次へ
 冷たい手がつ、と手の甲を撫でた瞬間、私は反射的にケンちゃんの胸を突き飛ばしていた。クリップで簡単に留められていただけだったのだろう「浜村」と刻まれたネームプレートが、勢いを付けて弾け飛ぶ。ケンちゃん自身もたたらを踏んで、洗面台にぶつかるように後ろ手をついた。 「いい。占わなくていい!」  私はそれだけ叫ぶとノブを回して前室から飛び出した。アルコールボトルにコートの裾を引っかけながら、ほうほうの体でコンビニからまろび出る。ティロリローンという入店音は聞こえたけれど、ケンちゃんが追ってくる様子は無かった。けれど速度を緩めることは出来ない。ブーツが水溜まりに飛び込む度、バシャンバシャンと黒い水が跳ね上がり、映り込んだ黄色がぐちゃぐちゃに壊れる。今更傘を取りに戻る気になんてなれなくて、冷たい雨に晒された頬が切れるように痛かった。  そして翌日、私は風邪を引いた。
/45ページ

最初のコメントを投稿しよう!

31人が本棚に入れています
本棚に追加