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「おはよう。大丈夫?」 「ご迷惑をおかけしました。もうすっかり大丈夫です」  心配顔の専務に、腰を曲げて深々と頭を下げる。 「こんな時期に風邪なんて。本当にコロナじゃないんでしょ?」 「ええ。PCR検査もちゃんと陰性でした」 「それなら良かったけど。こんな小さな会社でコロナが出たなんて言ったら、ね」 「すみません……」  雨で濡れたおかげで風邪を引いてしまった訳だけれど、このご時世、発熱でPCR検査まで受けることになり、休みが長引いてしまったのだ。そして目の前の専務の心配は私の身体のことなんかではなく、この小さな会社のことなのだ。  専務は八の字眉毛になって言う。 「仕事溜まっちゃったから、病み上がりで大変だろうけどお願いね」 「はい。勿論です」  休みの間に私の仕事が処理されているなんて、少しも期待はしていなかった。私の仕事は専務でもできるものだけれど、外出時にはついでに自宅に帰っちゃうような人だ、例え時間があったって私の分まで仕事をする訳がない。良い方向に解釈をすれば私はこの職場に必要な人材ということになるんだけれど。
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