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「ねぇ。ほら、あの俳優。二股だったらしいわね。結婚したばっかりだっていうのに彼女も大変よね」  今度は芸能ネタを振ってきた。私が休みでしばらく話し相手がいなかったものだから、色々溜まっているのかもしれない。専務は事務所に仕事ではなく、雑談をしに来ているような人だし。 「二股? 過去の浮き名じゃないんですか」 「違うわよ、進行形。相手のLINE画面が流出してるの。テレビじゃ本物かフェイクか分からないって言ってたけど、あれは絶対本物よ。あの書き方は間違いないわ」  相変わらず何の根拠もないのに自信満々に話してくる。テレビに出ているコメンテーターも似たようなものだけれど、面白そうな表面だけをさっと撫でて、あとは妄想で補完して、全てを理解した気になっているのだ。人は見えている部分だけでは何も分からないというのに。ケンちゃんだって可愛い顔をしていたけれど、痴漢行為で捕まったのだ。 「いくら顔が良くても駄目ね」  ケンちゃんが言っていたアポなんとかからでる汗だって結局のところ、人から出てきた余りものに過ぎない。そんな余りもので人の心の奥深く、仄暗い深淵に沈む核のようなものまでは分かるはずがないのだ。 「結婚解消かしら」  専務はわざとらしく両肩を竦め、ずずずとお茶を啜った。
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