1人目:ヤサグレ男の話①

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1人目:ヤサグレ男の話①

朝から人でごった返す東京のある電車と駅。 クソダリィ…… こいつらの半分くらい今すぐ目の前から消えろや…… 毎朝毎朝、そんなことを思いながらも俺達は人混みに酔いつつ駅に来る。 「おい、昨日のあの女いたか?」 「いや、来てねえな」 そんな会話をする俺たちを、ダセえ眼鏡のサラリーマンや大袈裟に大変アピールしてくる妊婦たちが怪訝な顔をして見てきやがる。 「……クソッ、この一週間いい奴がいねーせいで俺めちゃくちゃ溜まってんだよ!」 「ギャハハ!それはオメーが普段から女を側に置かねえからだろw」 「うるせえよwだからここで漁ってんだろー?」 入墨に坊主、金属のアクセサリーにいかつい体。 誰もが俺達の近くを通ろうとしない。 ぶつかってきやがった野郎がいたら、その時は容赦なくガンを飛ばして謝らせる。 どいつもこいつも思い通りでつまんねー… エロい女と可愛い女を駅で見つけ、無理やりトイレに連れ込むことも何度もやった。 けど、奴らも俺らのことを誰にもチクったりしてないようだ。 10代後半の俺たちは、こうした行き場のない性欲と世の中への鬱憤を駅の中で晴らすしかないのだ。 「はあ、今日は収穫ねーかも。別の駅行かね?」 仲間の一人が諦めた声を出す。 「だな。クソババアとブッサイクなガキしかいねえ」 「ったく、ここらは学生街だから期待してたけど質が落ちたな」 「確かにwww」 わざと周囲に聞こえるような声でバカ笑いしながら話す俺たちを、睨むことはすれど誰も 注意してくることはない。 「おい、あれ」 気だるい体を引きずって駅から出ようとした時、仲間の一人が駅の外を指差した。 「あいつ、金持ち中学の制服着てね?」 「ほんとだ。ヤれなくてムシャクシャしてっから遊ぶ金くらいは収穫しねーとな」 恐らく駅から出たばかりの、有名私立中学の制服を着た野郎を見て俺達はニヤリと笑う。 「おい兄ちゃん、俺達今から電車に乗りてーんだけどよぉ、財布忘れてきちまって。必ず返すから少し電車賃してくんね?」 俺らの中でも一番体格が良くて顔がイカツイ奴がそのガキに声をかける。 「え?……えっと……どこまでの電車賃ですか?」 声かけられたガキは背はそんなに高くはない。 大きな黒目と綺麗な肌は、まるで女みてーだ。 のくせに、俺達にビビる様子もなくガチの人助けみたいなノリで金を出そうとした。 「キミが持ってるだけでいいよー。いくらあんの?」 「今財布に2000円くらいしかなくて…足りますか?」 「足りねえなあ……」 「足りないですよね…………あ!」 焦るように財布を確認して正直にその中身を伝えた後、何かを思い出したように声をあげる。 それにしてもこのガキ、なんでこんなに動じてねーんだ? 「今週、部活の部費を集めるって言われてて。この封筒にも部費分は入ってます。足りない分はここから出しましょうか…?」 なんとそのガキは、鞄から出した封筒を俺らに見せてきてそんなことを言い出した。 「話わかんじゃねーかよ兄ちゃんよ〜。いくら入ってんの?」 「5000円と少しです。それだけあれば足りますよね?」 「ああ。さっきの2000円と合わせれば余裕だよ。」 「よかったです」 そして驚くことにそのガキは俺らに素直に、なんの躊躇いもなく7000円を手渡した。 「ありがとよ兄ちゃん!」 ガキに話しかけてたガタイのいいリーダー的存在の仲間が満足そうにガキに礼を言う。 「はい!……あの、いつ返せそうですか?今週中に出さなきゃいけないので、できれば今週中でお願いしたいんですけど…」 「え?なーに?兄ちゃんこれくれんじゃねーの?」 「え……さっき貸すって……」 見た目に似合わず妙に大人びた話し方をするこのガキは、やはり俺らが本気で金に困っているものだと思ったらしい。 「いやいや兄ちゃんお前その制服着てるってことは金あんだろー?俺らみたいな貧乏人と違うんだからさ。このくらい恵んでくれてもいーだろ?」 「そーだぞ兄ちゃん。貧富の差って知ってるか?裕福なお前らが毎日豪華な飯食ってるとき、貧困層の俺たちは食うものにすら困ってるんだぜ!?」 「そうなんですね……あまり食べてないのに体が凄い大きい……」 「貧乏な上に体もガリガリだったら舐められるだろー?だから鍛えまくってんだよ」 「なるほど…!それはカッコイイ考えですね」 「だろ?だから頼むよ。今回は恵んでくれ」 俺らの仲間は8人いる。 メインでこのガキと話してんのはそのうちの4人くらい。 残りの俺らは下っ端だから、後ろで見ているだけだ。 しかしこの8人全員が思っただろう。 この弱っちく見えるガキは、俺らと普通に会話してる…… なぜだ…… もしかしたら家にこういう筋のやつでもいるのか…? そしたら俺らはかなりマズイ…… 「アニキ、もしかしてこのガキ…」 後ろにいた仲間の1人がその可能性を伝えようとしたその時、 「わかりました。返さなくても大丈夫です。皆さんで好きに使ってください」 ガキがサラリとそんなことを言い出した。 「優しいねえ兄ちゃん。ありがとな。」 「この恩は忘れねえぜ」 「はい!あの、そろそろ学校に行かなきゃいけないので…」 「ああ、じゃあなー」 ガキは俺らに全額を渡し、そう言い残して足早に去っていった。 「アニキ、あのガキもしかして…」 「俺もそう思ったが多分ちげえよ。どっちかっつーと……生粋の奴隷根性だな」 「奴隷根性…ですか?」 「多分昔からイジメられてたりタカられたりしてたんだろ。慣れてんだよこういうのに」 リーダー格の男が言う通り、確かにあのガキはカツアゲや恐喝に慣れていそうだった。 「てことはよ?明日から俺らのやることは決まってるよな?」 リーダーの取り巻きのサブの奴がピアスだらけの唇を歪ませてニヤけて言う。 「ああ。」 リーダーは短くそう答えた。 明日から俺らは、この駅でヤれる女を探すだけでなく、あのガキから毎日金をタカることが決まったのだ。
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