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「ちょっと。それ取ってよ」
テーブルにずらりと並んだ大皿料理の中、大きなボウルにこんもりと盛り付けられたサラダを指差して、その男は言った。確か原田と名乗った、初対面の男だった。
そのサラダは八田の座る位置から少し離れたところにある。立ち上がって隣に座る人の前を遮り、腕を伸ばさないと届かない。対して八田の斜め前の席に座る原田は、サラダボウルのすぐ傍に座している。
何故、自分で取らない。
そう問い質したくなったが、この場が合コンであるという点を考慮し、八田は努めて穏やかに、丁重に断った。
「えぇと。ここからだと取りにくいんで、そちらから取ってもらえますか?」
我ながら理性的な対応だと思ったが、原田は不快そうに眉を跳ね上げる。不承不承という顔付きでそのボウルを取ると、腕を伸ばして八田の目の前に突き付けた。
「……?どうも?」
取りにくいと八田が言ったので、取ってくれたのだろうか。彼の行動がいまいち理解出来なかったものの、そう推察してボウルを受け取った。サラダより先に唐揚げ食べたかったんだけど、と思いながら自分の皿に取り分けて、原田の方へ戻す。
「ありがとうございました」
義務的に、一応の礼も添えた。
だが、原田はそのボウルを受け取らない。
「違うだろ。取り分けるだろ普通。女が」
「………は?」
原田の忌々しげな表情と言葉で、取り分けをさせる為に渡したのだと、ようやく八田は理解した。
「───ごめん八田さん!俺がやるから!」
八田のこめかみに青筋が立ったのを見て、原田の隣に座っていた菅という幹事の男がボウルを奪うように引き取った。原田が、今度は菅を睨みつける。
「なんでお前が。こういうのは女の仕事だろ」
「俺、取り分け滅茶苦茶得意なんです居酒屋でバイトしてたことあるんで!ちょっと見ててもらえます?それはもう素晴らしくバランス良く、見映え良く!」
菅は原田の後輩らしく、穏便に場を収めようとしているのが明らかだった。若干キレかけた八田だったが、菅の努力をぶち壊す訳にもいかない。
「馬鹿が。女にやらせときゃいいんだよ」
ぼそりと呟く原田の声は、菅に免じて聞こえない振りをしてやることにした。
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