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 どんな手を使ったのか知らないが、翌日には宇堂が原田の身元を割り出していた。  私用のスマホ宛に送られてきたデータを開くと、顔写真付きの個人情報が表示される。  「銀行員だって。前歴前科だの、特に変わったところはないな」  人気(ひとけ)のない非常階段の近くで、コンビニのおにぎりをもぐもぐ食べながら、宇堂が軽い調子で報告してくる。  「仕事早ぇな…」  「俺が調べたんじゃないよ。そういうの得意な人に頼んだだけ」  昨夜の今朝で結果が出るような根回しに眞崎は呆れたのだが、宇堂はけろっとしている。送られてきた、長めの前髪以外これと言った特徴のない顔写真を眺めた。  「宇堂さんはクロだと思ってるんですね」  「五分五分くらい。勤務先も住所もここからは少し離れてるし、偶然ていうよりは八田さん狙いって思った方がしっくりくるかなって。昨日ちょっと試してみたけど、八田さんは目がいい。あの薄暗い店内で、かなり遠くにいる人間の顔をしっかり判別してた。記憶力もあるな。少し話しただけの奴でも、顔と特徴と名前しっかり覚えてる。原田を見かけたっていうのが勘違いってことはないと思う」  昨日、席に戻ってきた八田に向かって、宇堂は普段より饒舌(じょうぜつ)に話しかけていた。それも彼にしては珍しく、人の噂話に類する話を。あれは八田が、その日知り合っていくらか話した人物の情報をどれだけ覚えているのか確かめていたのか。如才なさに眞崎は内心で舌を巻く。  「まぁ、俺とお前で交代で地道に追ってみよう。外出とか来客あると対応出来ないから、とりあえず十日分、予定調整して組んどいた。八田さんのスケジュールも入ってる。八田さんの退勤に合わせてすぐに会社出られるように、通常業務は巻きでやってな。間に合わなければ持って帰って」  「鬼か」  「嘘だよ。俺に回していい」  笑って言いながら、宇堂はスケジュール表を眞崎のスマホに続けて送ってくる。  「…随分熱心ですね。彼女の友達ってだけでしょ?」  「うん。でもうちのかわいい子に、大丈夫って言っちゃったからさ。万一の事がないようにしないと」  抜け抜けと言って、コンビニの袋から缶コーヒーを二本取り出して、一本を眞崎に渡す。  「後はそうだな。かわいい後輩の為にも。手遅れになる前に、ちょっとは素直になっとけよ。飲み会してから八田さん狙いの奴何人も出て来てるよ。健康美溢れてて可愛いってさ。わかるだろ?」  「うるさいな」  少年のような顔付きで眞崎は顔を歪める。宇堂は楽しそうに笑った。  「社内の目端(めはし)が利く奴らにも、原田の写真を共有しといた。八田さん絡みとは言ってないよ、勿論。見掛けたら俺かお前に報告するように言ってあるから、俺が動けない時に何かあったら対応頼むな。週末は有希さんとこでお泊まり会してもらって、俺が見とくから。送迎もするからさ。あ、お前もお泊まり会来る?」  「絶対行かねぇ。つうか何で宇堂さんも参加するんですか」  「誘われたんだよ。日中、車があった方が便利なとこに行きたいらしいんだよね。足が欲しいんじゃないかな。ちょうどいいから行こうと思って」  「メンタル(つえ)ぇな」  「まぁさすがに夜は帰るけど、俺は。スケジュールの方はどうしても無理な時は言って。どうにかするから。じゃあ悪いけどよろしく。俺仕事あるから戻るな」  昼休みが始まって十五分程度しか経っていなかったが、宇堂は(せわ)しなく立ち去っていった。彼の仕事量は社内でも圧倒的に多い。余計な仕事を増やせば手が回らなくなるだろうに、余裕そうな表情は崩れない。  眞崎は宇堂から送られてきた原田の写真を眺めた。眺めている内に、腹が立ってきた。   無害そうな顔をしたこの男が、本当に八田を追い回しているのかどうかはわからない。だが、そうだとしたら。  たかが一度、数時間、話した程度で。合コンという場に合わせて猫を被ったあいつのことしか知らない癖に。  普段の八田がどれほど子供じみているか、どれほど血気盛んで、どれほど(やかま)しいか。何がそんなに楽しいのかと呆れる程ケラケラ笑っていたかと思えば、腹を立てると眉を逆立てて反撃してくる、百面相みたいな(せわ)しなさも、何も。  (知らない癖に)  眞崎は缶コーヒーを開けて、一気に飲み干す。  早足で部署に戻り、昼休みの閑散とした室内でPCに向き合っている宇堂を見つけた。  「宇堂さん」  呼ばれて「ん?」と見上げる宇堂に、眞崎は()わった目で宣言した。  「八田の件、後は全部俺が請け負います」  「おぉ?どしたの急に」  「あいつ、原田か。もし本当に八田に手ぇ出そうとしてんなら、素っ裸に()いて首都高のど真ん中に放り出してやる」    デスクは都内同士だ。自席に着いて、言われた通り巻きで仕事を始めた眞崎をちらりと見て、宇堂は軽く笑った。  「まぁ穏便に頼むな。けど先に昼飯食ってきなよ。そんな焦らなくても片付けられるだろ、お前なら」  「あぁ、飯…。腹立って一瞬忘れてた」  「激情家だな。腹が減ってはなんとやらだよ」  宇堂はPCから離れて伸びをすると、頬杖を突いて揶揄(からか)うように尋ねる。  「やる気出すの?」  「出します。つうか、もう出た。こんだけ根回しして貰えりゃ充分です。原田にも他の奴にも、絶対渡さねぇ」  眉間に皺を寄せて舌打ちする眞崎を、ははっと宇堂が楽しげに笑った。  「頑張れよ」  眞崎は無言で頷いて、そのまま昼食も摂らずに仕事に入った。定時を迎える頃には翌日の分の仕事まで半ば終え、満を持してGPSの通知を待った。
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