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 視覚的な意味に限って言えば、眞崎は抜群にいい男だった。  (ゆう)に百八十はある長身に、ぱっと見は細いががっしりと鍛えられた無駄のない体つき。雑誌の表紙を飾ったとしても何も違和感がない、いやむしろ人目を惹く、文句なしに整った顔立ちをしていた。  しかし一旦口を開くと、そんな淡い乙女心も音を立てて崩れ落ちる。口が悪いし態度も悪い。八田の発言には駄目出しの連続、反論してもああ言えばこう言う。口撃が行き詰まると頭を鷲掴みにして凄んでくる。ほとんどいじめっ子の中学生のようなノリであった。おまけにその見目(みめ)の良さに物を言わせて、決まった彼女を作らずに複数の女性と遊び歩いているともっぱらの噂である。  「男漁りに余念がない割に、男日照りに改善が見られねえな」  揶揄(やゆ)するように言いながら割箸を割る眞崎を、八田が横目で睨んだ。  「慎重に相手を選んでるだけですー。あんたみたいなスケコマシに引っ掛かりたくないもんね」  「苦労するよな。お前、駄目(クズ)ホイホイだもんな」  「何だとぅ…」  ぐっと八田は言葉に詰まった。  眞崎が誘引剤扱いするように、さほど数多くもない八田の恋愛遍歴は悲惨と言っても過言ではなかった。  初めて付き合った学生時代の彼氏には三股をされ。  次に付き合った男は束縛がひどく、携帯のチェックから始まり、最終的には女友達とのランチでさえも禁止され。  次に付き合った男は、付き合って半年ほど経ったと思った頃に、付き合うと言った記憶はないと言われた。  最後に付き合った男は、交際一か月後には「労働に向いてない」という理由で無職になって、食事代やデート代などをたかられた上に、贈ったプレゼントを換金している事が判明して、別れた。  「今度はモラハラ野郎か?新種がリスト入りして良かったじゃねぇの」  どこから話を聞いていたのか、意地悪そうに口の片端を吊り上げて眞崎は笑う。  怒りのバロメーターを一気に振りきった八田は、眞崎が食べているミックスフライ定食から、一本しかない海老フライを素手で奪ってぱくっと口の中に押し込む。眞崎があっと声を上げた。  「アホか。小学生かお前は」  ニ、三回噛んで無理矢理ごくんと飲み下す。仕上げにグラスの水で一気に流し込むと、八田はべーっと舌を出した。  「チョコのお返し!ちょっと顔がいいからって調子に乗ってんじゃないわよ、バーカ!」  八田はがたんと椅子を鳴らして席を立ち、肩をいからせて食堂から出て行った。   「二十六歳の行動とは思えないわ」  「八田さん、尻尾まで丸飲みしてたけど大丈夫ですかね」  呆れた顔をする松下と心配そうな顔をした有希が、八田の背中を見送る。  「あのやろう」  忌々しげに(つぶや)く眞崎の向かいで、宇堂は箸を動かしながら薄い笑みを(たた)えた。  「小学生はお前だよ、眞崎」  眞崎は鼻の頭に皺を寄せて、小さく舌打ちした。
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