海猫がニャーと鳴いた日

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海野猫吉。 タクシーを乗り始めてから今年で35年。 抜群のドライブ技術は長年の運転手人生で培ってきた賜物であったが、猫吉にはもう一つ、特異な能力を持ち合わせていた。 それは、類い稀なる超聴覚の能力であった。 音域に対する処理能力がずば抜けて優れており、例えて言えば遠く離れた場所で、雨の雫が落ちる音を迷うことなく認識することが出来た。乗客の血流音を聴いて身体的な変化や感情を把握したり、果ては嘘の判別も可能である。 また、様々な車種のエンジン音を聴き分けるのは勿論のこと、車一台一台の独自の個性、クセといったもので更に選り分け判別することまで出来る。 言ってみれば、常人が一人ひとりの声を判別するように、車一台一台を確実に、間違いなく区別する事が可能であった。 駐車場から始まった今回の追走劇、重要参考人が乗る捜査車両と刑事が乗るバイクからエンジン音が発する限り、猫吉にとってはどこまでも捉える事が出来る。 最初から全てお見通しだった。 関連性から更に付け加えると、気分が高揚し興奮状態になった猫吉は、言葉の中に「にゃ」が多用されるといった独特の癖があった。それは猫吉の超聴覚が最大限に発揮されている証でもある。 しかしながら過度な集中力は時として大きな落とし穴に陥る。場数を踏んだ猫吉が身を持って経験し幾度となく辛酸を舐めてきた事でもあるのだが…。 そんな猫吉のことを、周りの人々は親しみを込め“海猫“と呼んだ。 “海猫が鳴く時は、なにがしかのドラマが生まれる“ そう密かに、仲間内で囁かれることがしばしあった。
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