海猫がニャーと鳴いた日

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「決まってますがにゃ!」 猫吉がそう言ってから直線をすっ飛ばして間もなくの事。 青年の耳に前方彼方より、ほんの微かにあの聴き慣れた音、待ち望んでいたバイクの爆音が聞こえてきた。 「ああ!運転手さん、聞こえます、聞こえてきました!この先に…」 青年がそう叫んだ直後、爆音が届く方向から今度はクラクションの音が複数鳴り響き、それが交錯するかのように聞こえてきた。 そして間髪入れず車がスリップするキイーッ!という音、それに続く衝突音。 (何が起こっているんだろう?バイクは無事だろうか…) タクシーは更に突き進む。 (それにしてもこの人…。迷う事なくバイクを追い当てた。運転手さんは、初めから全て分かっていたとでもいうのか…) 猫吉の超聴覚の事を知る由のない青年にとっては、全くもって不可思議に思えたことであろう。 (運転手さん、疑ってしまってすいませんでした) そんな思いを抱いていた青年の目の前に、数台の車があらぬ方向で停車している交差点が見えてきた。 一旦スピードを緩めたタクシーの車内で、青年は目の前の状況を見定める。 歩道に乗り上げた1台の車は制御盤に衝突しており、その影響で信号機は全て消灯していた。刑事が乗ったバイクの追走劇、その果ての無残な結果であろう事は、先程聞いたバイクの爆音、それに続くクラクションとスリップ音、そして衝突音から容易に想像出来た。アスファルトには黒く長い放物線を描いたスリップ跡が刻まれている。 制御盤に衝突した車の持ち主が降車し、事故の状況を確認しているのが見えた。幸いにして人的に大きな被害が出ている状況では無い模様で、青年はほっと胸を撫で下ろした。とは言え交差点内はいまだ唖然呆然とした恐怖の余韻に包まれ、そこだけ刻が停止しているかの如く静まり返っている。 静寂の中の交差点に刻まれたスリップ跡。その軌跡が指し示すその先は港湾地区の倉庫群と開けた海原に続く一本道であった。 (バイクはその先にいる!) タクシーは粛々と静寂と混沌が入り混じった交差点へ入り、一本道へ向かってハンドルを切った。 が、その時。 秩序なく停車している車の死角からヌッと現れた一台の車。その車がタクシーの脇腹へめり込むように衝突した。 「にゃあああああー!!」 猫吉の声とも叫びともつかぬ絶叫がこだますると、車内はしんと静まり返った。
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