0人が本棚に入れています
本棚に追加
摩天楼の人魚
梅雨でも麦雨でも、何でもいいから止んでくれ。
この豪雨が降る限り客は、やって来ない。
“風が吹けば”儲かるならば、
“雨が降る”と赤字になるという諺が有ってもいいと思うが
無知なので浮びもしない。
依頼人の訪れない事務所の窓に佇んで、三四郎は思った。
(このままだと六月の売り上げは、激減する)
ならば、新たに営業活動をしようか…)
考えるに、これだけの豪雨では、営業に出るわけにもいかぬ。
事務所前の道路は、すでに濁流で
川上と思われる高台の高級住宅街からは、
ダンボールが流されて来ている。
(このままでは、死人が出るかもしれぬ)
何の根拠もなく思った。
根拠が無くとも行動に移す。それが漢だ。
直観に身を任せ、消火栓からホースを取り出し身に纏い
米国のアクション映画の如く道路に飛び出すと
案の定、格子柄のスカートに白いブラウスを着た乙女が、流されている。
三四郎は、泥川に足を取られないよう踏ん張りながら
流されていく少女の腕を掴み、ビルの踊り場まで引き上げた。
踊り場に引き上げた時、傍の事務所から女性が出てきた。
「あら?なに貧血?」
説明している暇はない。
「救急車を直ぐに呼んで下さいっ!」
と、声を上げる。
女性が事務室に戻るのを確認する。
横たわる女子高生は、ピクリとも動かない。
「濡れたブラウスが、肌に張り付いている。
(息はあるか?)
鼻の傍に耳を近づけ確認する。
(まずい)
少女の白いブラウスの胸元を開け、心音を確認する。
(…………。)
血の気が引く。
勇気を奮い立たせ、心臓マッサージを試してみる。
(強く押しすぎると肋骨が折れるというし)
恐る恐るリズムを取りながら施術する。
(これは保健体育の実践だ。相手は人ではない人形だ)
そう思う事で人工呼吸をすることも出来た。
息を吹き込むたびに胸が膨らむ。
蒸し暑いのか寒いのか、気温すら分からなくなった。
暫くすると、少女の目が、ゆっくりと開いた。
そして、大きく呼吸をした途端空に舞った。
「あなたが私を助けて下さったのね」
目の前に浮かぶ少女には、綺麗な鱗が光る尾鰭がある。
「君は、何者?」
唖然とする僕に少女は告げた。
「聖星高校弐年。今瀬英子です」
そう告げながら、
空から降りて来る黒い積乱雲の瀧へ昇って行った。
遠くから救急車のサイレンが、聴こえてきた。
(やばいな。どう説明したらいいんだろう)
黒い雲は、激しく流れ
隙間から太陽の光が差し込んできた。
最初のコメントを投稿しよう!