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白雪姫
私立探偵三四郎は、寒さに弱い。
夏の盆を過ぎた頃から、
冬の寒さを予想して準備をしようとする。
経営者たる者、いつ何時の時も
“未来を見据える”気構えが重要である。
と思いつつ、
ダンボールから古いセーターを取り出し眺め
処分しようか迷うのであった。
長考の末、再びダンボールに戻すのであった。
貧乏性も才能の一つである。
世間は、今頃“盆休み”である。
よって、仕事の依頼はまず無い。
しかし、スケジュール帳には、
盆の期間中、仕事がびっしりと入っている。
今回の仕事は、寺に墓参りに来る檀家達の車を
駐車場に誘導する仕事だ。
「寒いよりは良いのか…、嫌よくない。熱中症で死んじまう」
独り言を呟き精神を安定させる。
はたから見れば、オタクっぽくみられる事だろう。
「ふん。オタクがナンボの者だ。
トレッキーで何が悪い。
経済を回すは、オタクぞっ!」
と呟きつつ、タオルと水2リットルをリュックに入れる。
無観客だったオリンピックのロゴの入った野球帽をかぶり、
タオルを首から下げ地下鉄に乗った。
見渡す限り墓が並ぶ寺に向かい、社務所に顔を出す。
「すいません。駐車場のバイト出来ました、藤井ですが」
声を掛けると、冷房の利いた部屋の奥から一人の婦人が顔を出した。
「はいはい。聞いてます。暑い中ご苦労様です。
ちょっと待っていてくださいね。副住職を呼んできます」
数分後、社務所横の家の玄関が開き、
大袈裟な袈裟を着て若い坊主が、現れた。
「どうも、ご苦労様です。
住職は、檀家さんと霊園の方に行ってますんで。
私は、息子の永田丹園と申します」
「“ふりかけ”の?」
「いやいや…それは今の時代、
口が裂けても言ってはいけない事。
それで散々学生の頃は、虐められましたよ」
「でしょうね」
永田は、玄関の土間に、三四郎を招き入れ
「荷物は此方に置いて下さい。
ヘルメットと仕事着は、お貸しします。
あと誘導棒もありますので…」
と、一式を揃えて並べた。
「手際良いですねぇ」
「坊主になる前は、私が誘導の仕事をしてたもので。
同級生が、青春を謳歌してる時、
私は、家の手伝いをしてました。
それも修行ですから詮無いことです」
若が話をしてる間に、俺は、全てのアイテムを装備した。
「いやぁ~似合ってますよ。ロックンローラーみたいだ」
(どこにこんなダサいロックンローラーがいるんだよっ!)
と、心の中で悪態をついて俺は、指定された駐車場に立った。
盆の法要は、午前の部と午後の部に数回にわたって行われ、
その度に多くの車が入れ替わっていった。
線香の香りと読経が、続いた一日最後の法要が、終了した。
住職と若が、檀家を見送る。
灼熱の太陽も収まる頃、
ふと見ると墓地の傍の森の角に電話ボックスがある。
透明な電話ボックスの中に
赤いワンピースを着た女性が倒れているのが見える。
「永田さん、女性が…」
俺が、住職に救急車の手配を頼もうとすると
住職が叫ぶ。
「藤井さん近づいてはいけないっ!」
俺には、その声は聞こえず、電話ボックスに飛び込んだ。
飛びこんだ瞬間、俺の身体が悲鳴を上げる。
(さ…寒い…何だこりゃ?)
真夏だというのに身体が切られる程のブリザードが吹いている。
電話ボックスは、みるみる薄氷に覆われる。
赤いワンピースを着た少女を抱き寄せると、
瞳が開き、薄茶色の瞳に青い炎が宿る。
そして赤いルージュの唇から、ソプラノの声が聞こえた。
「貴男が、私を起こしてくれたのね。
助けて下さってありがとうございます。
私は、覚泰山高校弐年、上田昌子と申します」
と、告げると寺の墓地の中央部にある池に飛び去り、
そして急降下したかと思うと水の中に沈んでいった。
俺は、呆気に取られ冷めた身体を両腕で抱きしめているところへ
永田が、やってきて言う。
「申し訳ない。最初に言っとくべきだった。
盆の最終日に、電話ボックスで亡くなった女性が、必ず現れるんだ。
まだ、彼方の世界には、行けてないらしくて。
彼女の犠牲があって、電話ボックスは、
今の外から中が見えるタイプに置き換えられたんだ。
にしても綺麗女性だよね。僕の初恋の人なんだ」
(坊主ともなると、初恋の相手もあの世の者となるのか)
俺は、納得しがたい初恋の話を聞いてしまった。
設定温度は、やはり、28℃が丁度いいという事か。
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