第一話、押しかけ妻は、

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眠れぬまま重たい瞼を開けて、時刻を確認しようよして手が止まる。スマホに着信があった。それを見てみると母からだった。かけ直そうと思って迷っているとスマホが着信を知らせる。 無視してもよかったけれど、何度も電話をかけられるのは面倒だ。しぶしぶ修一は電話に出た。 『あ、やっと出た。もー何度も電話してたのよ』 「ごめん。寝てたんだ。なに? お米はまだあったよね」 『そうじゃないわよ。お父さんがね。話があるからこっちに来いって言ってるのよ。ほら、再婚の話があるみたいでね。縁談の話があるのよ』 「母さん。俺は再婚はしないって言ったよね。一人で生きていくって」 ギリッと奥歯を噛み締めた。修一は一度、結婚して離婚していた。離婚の理由はよくわからない。たぶん、喧嘩や生活習慣の軋轢だろうと修一は思っている。 恨みや文句はない。もう関わりたくないというのが本音だった。女という生き物がとにかく嫌いだ。積極的に傷つけようとは思わないけれど、関わりたくなかった。 「何、言ってるの。このまま一人でやっていけるの? そっちに行こうか? 掃除もしてないんでしょ。お母さん知ってるんだからね。なんだかんだ言ってもやっぱりお嫁さんがいたほうが幸せなのよ」 「嫌だ。もう疲れたんだ!!」 そう言って一方的に通話を切った。 『お前は頭がおかしい』 父の声が頭に浮かぶ。怒りに任せて枕を叩く。フゥーフゥーと呼吸が荒くなるのがわかる。修一にもわからないどろどろした感情がそこにあった。 父は自分勝手な人だった。他人の意見を聞かずに気に入らなければ怒鳴り、決まってその言葉を言う。祖母が他界したあたりから歯止めがきかなくなった。 とにかく傲慢で、自分の意見が絶対だと信じて疑わない。近所ともトラブルを起こしては母が何度、頭を下げたかわからない。 息子の修一も同じように見られることが苦痛で、できるだけおとなしく、我慢強い自分でいた。耐えて、耐えて、耐えていく。奥歯を噛み締め、下唇をかんだ。 何度、父を殺すことを考えただろう? 鈍器で頭を殴る。包丁で脇腹を刺してやる。ぐちゃぐちゃとした感情を腹の底に押し込んで叫んでやりたかった。 『頭がおかしいのはお前だよ!! クソジジイ!!』 もちろん、修一にそんな勇気はない。人殺しになって一生、刑務所なんて考えられない。行き場のない感情ばかりが育っていく。 修一はわかっていた。きっと離婚の理由は修一の内面にある。どろどろと他人に見せられない感情、激昂すると自分でも驚くような暴言を吐き出す攻撃性。 幸いなことに暴力を振るったことはなかったけれど、それも時間の問題だったかもしれない。
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