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悠一の胸の高鳴りの中、次々と乗車する人混みの中に、あの女人の姿は無かった。
何時も必ず、この時間帯のバスに乗る、あの美しい女人は、何故か今週に入って1日もバスに乗らなかった。
バスはあの美しい お姉さんを乗せないまま、空しく発車した。
本通りのバス停で、カバンを手にした学生服姿の悠一が、一人寂しくバスを降りた。
バス停近くの左に折れる車道を、可成りの距離を歩いた所に、悠一の住居、冷たい家が在る。庭付きで外見だけは洒落た家だが、家内は暗く薄汚れている。
歩く道程の中間辺りに裏寂れた神社が在り、その脇の不気味な林道の先の観えない空間に、あの美しいお姉さんの住居が在るらしい。
本通りから折れる車道の角に、駐車場の狭いコンビニと小さな本屋が並び、向かいに魚屋と八百屋が並んでいる。この先、悠一の家までの遠い道程の沿道に、店らしきものは見当たらない。左側の沿道に民家が並び、右側の沿道は雑木林や田んぼが続いている。
路の先に進むほど、辺りは寂しく生って行く。
半年間、この車道を週に何回も、悠一と美しいお姉さんの二人だけが、一定の離れた距離を保ちながら歩く日々が続いた。
何時も美しいお姉さんが、足を引きずりながら歩く姿を、離れた背後で見守るように、悠一は追い越すことも離れることも無く息を殺すように距離感を保った。
最初の頃、美しい お姉さんは、恐怖心からか振り返って悠一を観たが、悠一は直ぐに小心者のように下を向き、黙って道路の表面を見詰めた。
悠一は此のトキメキの一時を胸高まる空間を失いたくないから、声を出すことは無かった。
そして五日前、悠一の前を歩く美しい お姉さんが躓き転んだ。
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