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1.オープン
「あら!久しぶりね、まーくん、朝からどうしたの」
すっかり外出の支度を整えた息子が、玄関で靴箱からスニーカーを引っ張り出している。その姿に、母親は軽く感動を覚えていた。この子が部屋の外に出てくるなんて。十五年ぶりだわ。
「新しくレンタルショップができてさ。なんでも借りられるんだって」
「何を借りるの?」
「ヤル気!」
玄関のドアを閉める前に、振り返った息子がはにかんだ。図体はすっかり大きくなったが、そんな表情には少年の頃の面影が重なる。
「ぼくに、今いちばん必要なものだから。朝起きるにも、仕事を探すにも、そのために勉強するにも。もう、心配かけなくてすむように」
胸が詰まって、いってらっしゃい、と声をかけそこねてしまった。
「たくさん、借りてこなくちゃね」
涙のにじんだ目尻をそっと、指先で拭う。
リビングで新聞を読む夫に、お茶を淹れた。
「お父さん、聞いた?ヤル気も借りられるんですってよ。つくづく、便利な世の中になったものねえ」
「そうだな。なんだな、よさそうなら、行ってみるか。その店」
「ええ」
息子を案じた十五年間の日々が、母親の脳裏によみがえった。いいわね、これ。
「私、走馬灯を借りてみたいわ。頭に浮かぶ、この、一つ一つの場面を映し出してくれる、私だけの走馬灯」
「うん。そうだな。まぁ、たずねてみるさ」
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