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【2】Tor
雨の夜は、正直言ってちょっと落ち着かない。
特に今夜みたいに、広いベッドで一人で寝る時はそう。なんとなく手持ち無沙汰になって、横になってぼーっと天井を眺めていると、聞こえてくる雨の音。昼間ほど降ってはいないけど、夜だからかしら、耳を澄まさなくても雨音がよく聞こえる。
夜の雨音って、2年前のあの日のことを思い出してしまうのよね。
気を紛らわせたいけど、雨が降っているから散歩にも行けない。もっとも、天気が良ければ何も気にならないんだけど。
耐えられず、ベッドにうつぶせになって私はシーツに顔を埋めた。
「ああ、恥ずかしい……」
「トア様。まだそんなことを仰るんですか?」
私専属の召使い、エリーシャは呆れてそう言った。彼女は就寝前のお茶を淹れている。
「だって色々思い出しちゃうんだもの……あの日に戻ってやり直したいくらい」
誰だって一つや二つ、黒歴史と呼べるものがあるでしょう?私にだって恥ずかしい失敗があるわ。
「……酔った勢いで脱いで男性に迫ったなんて、口が裂けても言えないでしょ」
「言っちゃってますよ」
エリーシャはにやっと笑って続けた。
「それに酔った勢いだけじゃないんじゃありませんでしたっけ?」
「わ、私のイメージに関わる問題だから、それ以上何も言わないで!!」
「ふふふ、大丈夫ですよ。2年も前の、ご結婚前の出来事ですし、若気の至りと思えば問題ありません。それにトア様は真面目だから、過ちを犯すくらいでちょうどいいんです。ギャップ萌えってご存じですか?」
フォローしてくれているつもりなんだろうけど……ちょっと違う気もする。
「……言っておくけど過ちは犯してないわよ」
「それは失礼いたしました」
笑いながら言うってことは、エリーシャは本当に失礼とは思ってないわね、まったくもう。
私は体を起こしてエリーシャが淹れてくれたお茶を飲んだ。
一口でふわっと、口の中に甘い香りが広がる。飲み込むと、気恥ずかしい思いがすーっと薄れていくのを感じたわ。……何かいけないものでも入ってないでしょうね?
私の表情を見て疑問に気が付いたのか、彼女はこう答えた。
「変なものは入れておりませんからご安心を。ですが敢えて言うならば、私のトア様へ対する敬意と愛情入りです♪」
「変よそれ?」
「効果ありますよね?」
こうやってエリーシャは時々返答に困るようなことを言うけど、彼女と話をするのはいつでも楽しいから、私はエリーシャが昔から大好きだった。
「ふふ、まぁ確かに効果ありそうだわ。ありがとう、エリー」
「トア様がお喜びになることが、私にとって何よりも幸せなことですから」
私だって、そう言ってくれるエリーシャが楽しんだり、喜んだりしてくれることが嬉しいわ。恥ずかしくてなかなか口に出して言えないけど、この気持ち、伝わるかしら?
エリーシャと目が合うと彼女は微笑んだ。分かってるって表情よね?
「では、失礼します」
あーあ、楽しい時間はもうおしまい。
……と、出ていくのかと思ったら、エリーシャはベッドの脇に椅子を用意して腰掛けた。
「エリー?何をしているの?」
「今夜はこんな雨が降っていて、さらに旦那様がいらっしゃらなくて寂しいお気持ちも分かります。だから色々と考えてしまうんですよね。そこで!僭越ながらもうしばらく私がお付き合いいたします。昔みたいに恋バナでもしませんか?」
彼女の提案には大賛成!私は思わず身を乗り出していた。
「いいわね!エリー、この前いい人を紹介してもらったって言ってたわよね。それからどうなったの?」
「はい!実はですね――……」
私たちは深夜までたっぷりガールズトークを楽しんだ。
落ち着かないはずの夜の雨音は、今夜は逆にいいBGMになったかもね。
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