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「どこいこうか?」
凪は横を向いて、葵を見た。
葵は目を閉じて、空気を吸い込んでいる。はあぁぁと一気に吐き出すと、「ショッピング!服買いたい!」と言った。
「いいけど…」と言いかけた言葉を、凪は飲み込んだ。
「じゃあ、モールかな」
俺も行ったことないけど、と内心呟く。
推定二十歳の葵は満面の笑みで頷いた。
大人の身体になった葵の望みは、デートをすることだった。そしてその相手に凪が指名された。
自分では役不足だと全力拒否した凪だが、事情を知って付き合ってくれる相手を今から探すのは嫌だと葵に言われ、何かあった時、凪が側にいた方がいいだろうと京次郎に言われれば、そうかと言うしかなかった。
なんだか嵌められた気もするが、確かにトラブルが起ったら、すぐに対処したい。
それにしても……
外見二十歳の葵と十五歳の自分では、恋人同士と言うより、従姉か姉弟である。
「本当に良かったのか、俺で」
一世一代のデートだ。いくら探すのが大変といっても、もっと大人でかっこいい男とデートしたかったんじゃないのか。
しかも半引きこもりの自分は、デートというものをしたことがない。
「凪くんがよかったの」
そう言う葵は可愛らしく、不思議なことに、本体より幼く思えた。
「あんまりかっこよくて、完璧にリードされたりしたら、気後れしちゃって、楽しめそうにないもの」
……そうですか。
少し引っかかるが、葵がいいなら、まぁいい。
葵は大いにショッピングを楽しんだ。大人の身体で気に入った服を試着し、アクセサリーを身に付け、化粧品のショップでメイクをしてもらっていた。
凪はもっぱら葵に付き合っていただけだが、昼になるとお腹がすいてきた。だが、アンドロイドは飲食ができない。する必要はもちろんないが、したくても、異物を体内に入れると、故障してしまう。
葵が試着している隙に、コンビニで買ったエナジードリンクを飲んで、何とかやり過ごした。
葵は三着服を買った。どれも大人っぽい服で、葵の好みが如実に分かるような三着だった。だが、九歳の葵には似合わないし、サイズも合わない。その服を実際に着ることはないと分かっていたが、二人とも一言もそのことには触れなかった。
買った服を大事そうに抱えて出てきた葵は、「遊園地に行きたい」と言い出した。
「え?今から」
もう昼の一時を過ぎている。
「着いたら、三時くらいになっちゃうかもよ」
そう言う凪に、「だめ?」と葵は首を傾げる。その顔が可愛くて、凪は思わず「ぐっ」と詰まる。こんな短時間にそんなお願いポーズを会得するとは、女は恐ろしい。
「いいけど、大丈夫か?」
レンタルは一日だから、なるべく長く満喫したいだろう。だが、接続している間、本体は飲まず食わずだし、実際に身体を動かしていなくても、動く身体と繋がって、刺激を受けることは、本体にどうしても負担がかかる。
葵は遠くの本体に意識を飛ばすように、遠い目を一瞬した後、頷いた。
「うん、大丈夫。行きたい」
日頃、我慢し続け、思い通りにすることができない毎日だろう。葵の夢は叶えてやりたかった。
「よし、行こう」
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