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遊園地は、凪自身もいつ行ったか思い出せないほど、昔に行ったきりだ。
葵は初めてらしかった。
乗り物という乗り物全部に乗りたがった。ジェットコースターなど、いわゆる絶叫系に乗る時は、凪も肝を冷やした。ショックのあまり、エラーが起きたり、本体に影響があったらどうしようと心配だったのだ。だが、目を輝かせる葵を止められなかった。
心配は杞憂に終わり、葵は興奮してキャーキャー叫びながら、両手を離し、万歳をしていた。身体にエラーが起ったのはむしろ凪の方で、ジェットコースターを降りた後は、しばらくベンチに座り込んでしまった。
葵は甲斐甲斐しくも、水を買ってきてくれた。それを受け取って喉に流し込みながら、
「身体、大丈夫か?」と訊くと、笑われてしまった。
いつの間にか陽も落ちて、辺りは暗くなっていた。
「わたし、こんな時間まで外にいたの初めて」
葵がコソコソ話をするように、口元を近づけてきて、凪に囁いた。
「俺も…そうかも」
凪が応じると、「ドキドキするね」と葵がくすくす笑った。
「あれ、乗ろう」
葵が指さしたのは、観覧車だった。確か、日本最大じゃなかったか。高いところが苦手な凪は一瞬臆したが、「いいよ」と頷いた。
大きな観覧車は色とりどりのイルミネーションに彩られて、幻想的に見えた。ロマンチックだ。そこに自分たちが乗り込むのが、なんとなく不思議に思えた。
だんだん自分たちが高いところに上がっていく間中、葵は窓に張り付いて、下界に広がるキラキラと煌く夜景を、食い入るように見ていた。膝を座席に乗せ、完全に後ろ向きになっている姿は、もう二十歳の大人に見えなかった。
「わたし、一生この景色忘れない」
窓の外を見つめたまま、葵が言った。もう見ることは出来ないと、目に焼き付けているのだろうか。凪は堪らなくなった。
「あのさ、今の医療は日進月歩なわけだよ」
「え?なに?」
急に凪が変なことを言い出したので、葵は驚いて振り返った。
「だからさ、五年後くらいに、葵の心臓病を治す治療法だってできるよ」
我ながら、いい加減なことを言っていると思う。なんの根拠もない。
「だから、もう少し生きててよ。それで、葵が中学生になったら、またデートしよう。本体とデートしたい」
何が言いたいのか、自分でも分からないまま、凪は言葉を繋げた。とにかく、葵に生きる希望を持ってほしかった。自分とのデートを希望にしろと言うのも、偉そうな話だが、他に思いつかなかった。
葵はしばらく、ポカンと凪を見ていたが、「ブッ」と噴き出した。
「わたしが中学生の頃は、凪くんは二十歳前後?ギリかぁ。大丈夫?捕まらない?」
それから、凪の隣にきちんと座ると、急に唇を寄せてきた。冷たい感触を唇に感じるまで、凪は何が起ったのか分からなかった。
葵は首を傾げると、声も出ない凪の顔を覗きこんだ。
「あれ?もしかしてファーストキスだった?ごめんね。初めてがアンドロイドで」
それから、さっぱりした顔で笑った。
「でも、これで夢が全部叶ったよ。ありがとう」
凪は葵の頭を引き寄せると、葵の唇にキスをした。冷たい感触に、しばらく凪は唇を離さなかった。
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