チャレンジャー香芝乙春

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チャレンジャー香芝乙春

 その日、香芝は人を探していた。誰でも良かったというと語弊があるが、一緒にいて楽しい奴ならいい、くらいの気持ちだった。昼を少し過ぎた辺り、学生食堂には人気が多かった。上手い具合に話しかけられそうな人くらい頑張れば見つけられそうだ。  そう思って食堂内に視線を走らせればすぐに目についた二人組がいた。ぱっと目についた理由としては、同じ科に所属する人物で見覚えがあったことと、ふたりとも背が高い上にやたらと見目が良かったというのがある。迷っているとタイミングを逃すので、これと決めたら速攻だ。香芝はその二人組に大股で近づいた。 「要するにあれは白黒つけたるっちゅー意味で使っとる可能性が高いと思うんよ。」 「確かにケーリュケイオンの杖と完全に一致しとるわけとちゃうけど、あそこまで似通ってれば誤魔化せんわな。」  なー自分ら、ちょっと聞いたって……と。いつもの調子で声を掛けようとした。特別親しくしているわけではないが、同じ科にいれば一緒に演習もするしグループで実習をすることも当然ある。 (あれは内館くんと……えっと?)  深さはともかくどちらも知らない仲ではなかった。ひと際長身で明るい髪色にオレンジのメッシュがところどころ入っている独特のヘアスタイルをした彼は内館翔真で間違いない。気さくで友人が多く、女の子の友達も多い人物だ。よく大勢で一緒にいるのを見かける。派手めで動作も大きく何かと目立つ印象がある。  問題はもう一人なのだが、香芝は自分の記憶にちょっと自信がなかった。普段、内館が一緒にいる面子とは明らかに毛色が違う人物だ。あとついでに言うなら会話の内容が独特過ぎてどう入っていいものか分からなくなった。中途半端に挙げかけた手のやり場に困っていると、記憶に自信のなかった方の人物がこちらの視線に気づいたようで、ちらりと視線を流してきた。軽く振り向くと肩の上で切り揃えられた艶のある黒髪の隙間から鋭い視線が香芝を射抜いて来る。何も悪いことをしたつもりはないのに背骨が凍るような心地がする。 「こいつに何か用か。」  半歩退きながらそう問うてくる。当然自分ではないだろう、という様子ですぐにでも立ち去りそうな素振りだ。 「んー?おぉ、香芝やったっけ。」  声がかかったことでこちらに気づいた内館が振り向いて、すぐにこちらを言い当てる。友人も多いようだし顔を覚えるのが得意なタイプなのだろう。 「そう!俺は香芝や!内館くんと、たしか、大河原くんやんな?」  今にもその場からいなくなりそうな彼を引き留めるために少々自信の無い固有名詞を使って思い切って呼び掛けてみる。それに反応して動作を止めた黒髪の彼は再びこちらを見据えてきた。 (……ち、ちがったか?)  と思ってしまうほど、こちらを見る彼の表情は厳しい。先ほどよりも尚細められた目とあわせて眉間を寄せた険しい表情だ。香芝が怯んでしまうのも致し方なかった。 「…………そうやけど。」  が、心配したのも束の間、大河原と呼ばれたこと自体は肯定されて香芝はほっと胸をなでおろした。 (いや、あってるんかい!)  ひとり胸中でつっこむ。じゃぁなんでそんな顔で睨むんだと思わないわけではないが、そんなことを言ってしまうとせっかく足を止めてもらったのが無駄になりそうな気がして仕方がなく飲み込むことにする。 「そっそうか!そらよかった。何か、大河原くん遠目で見た時ちょっと印象違うような気がしたし自信なかってん。」 「今、別に遠目ちゃうやろ。」 「うん……せやな。そう、せやねんけども……。」  低い声色で不機嫌そうに突っ返されて取り付く島がない。えーっと、えーっと、と意味のない音を繰り返していたら黙って様子を見守っていた内館が堪らずといった様子で噴き出した。 「気にせんでええで、香芝。こいつ今、腹減ってて普段よりちょーっと機嫌悪いだけやから。」 「余計なこと言わんでええねん。」 「いや、彩人。お前はもうちょっと愛想良くするってことを覚えた方がええぞ。お前にこんな友好的に話しかけて来るチャレンジャーそう何人もおらんねんから、もっと丁重に扱え。」 「…………。」  内館が思っていたよりもかなり強めの言い方で話を振っている様子を見てハラハラしてしまう。そんな風な言い方をすればただでさえ機嫌が悪めなのに火に油なのでは。そう思って恐る恐るこちらへ向けられている視線を受けるために上目遣いに目線をあげる。 (どういう感情それ?!) 彼からは思っていたのとは全然違う、めちゃくちゃ無の表情が向けられていた。 「あーーーえーっと、俺、香芝乙春(かしばおとはる)っていうねん。よろしくな、大河原くん。」  謎の無に負けず、気を取り直して明るく笑顔で自己紹介をした香芝は自分を褒めた。数々の困難を愛嬌で乗り越えてきた男、香芝乙春。こんなところで弱音を吐くわけにはいかない。 「……たしかに、イラついててそちらの動向と関係なく不適切な態度を取ったのは間違いない。悪かったな。」 「ん?!うん。や、そんなには気にしてへんよ!」  不適切な態度ってなんだろう、というのが気になって何も頭に入ってこないのは内緒だ。 「あと……。」  不意に、言いにくそうに声音が揺らいだので香芝は首を傾げた。あんなに目の前の人間を凍り付かせることができるほどの立ち振る舞いができる人がこんな風に躊躇うというのはどういう状況だろうかと。伏し目がちになって視線を逸らした彼は 「呼ぶんやったら『彩人』って呼んでな。」 「…………!!!」  と思いがけないことを提案してきたので、何にも当たっていないのに「ガタッ」という効果音が出せそうになった。 「わかった!!よろしくな、彩人くん!」  ちょっとテンポが独特だけれどもこれはチャンスだ。ここぞという時に物にしなければ!!香芝は握手を求めて勢いよく手を差し出した。 「は?……あぁ……彩人でええよ、なんか、気色悪いし。」 「気色悪い?!?!」  勢いが良すぎたのか若干引かれたが、やや遅れて差し出した手は握り返された。が、しかしだ。 「なぁ、気色悪いって言われながら握手されてる俺はどんな気持ちでいたらええの……?泣きそう。」 「それは…………それは、気の毒やな。」 そういうと目の前の彼は可笑しそうに笑った。 (ああ、なんや……笑うと意外と懐っこい感じなんやなぁ。)  いつも厳しい表情をしている印象があったし、実習やグループワーク時の必要な会話はした記憶があったが彼にどんな雑談を振ればいいのか分からない感じでとても近づきがたい人物だった。だから、会話の内容自体は咄嗟によく分からなかったが、内館と何気ない会話をしている様子がすごく意外だった。  詳しく知らないから何がその雰囲気を形作っているのかは不明だ。内館は友人が多いし、こういう非常に取っ付きにくい人物であっても上手くコミュニケーションが取れるというだけかもしれない。だとしたら羨ましい、と香芝は思った。  内館のように幅広く誰とでも付き合えるという自信はないが、人の懐に飛び込むのはそこそこ上手いつもりでいる。こいつとは仲良くしたいと思った人間とはしっかり縁を繋ぐことができると思っている。これは特技だと言いたい。 「ほな、そっちは翔真でええか?内館くんと彩人じゃ、ちょっと落差がえぐいやん。」 「ええで。俺はそこの神経質なんと(ちご)て別になんて呼んでもろてもかまへんからな。」 「何か言うたか?」 「別になんも。」  威嚇するように睨む大河原だが、それを受ける内館は大して堪えた様子もなく、それどころか余裕のある含み笑いでもって返してまでいる。一体どこまで技を磨けばこの返しができるんだろうか。気になることはあるし話したいこともあったがとりあえず。 「なぁ、ふたりとも。とりあえず飯食わん?」
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