香川姉妹の平凡な日常

１．

「おねえちゃん、洗濯機の裏側の汚れを取る洗剤って、なかったっけ？」
　季節は6月。
　木曜の朝、洗面所兼脱衣所の中から、妹の美加子(みかこ)が姉の十和子(とわこ)に声をかけた。
　この58歳と57歳の姉妹は、この世田谷区にある古いマンション「アルファ・ビルヂング」に、3月の末に引っ越してきたばかりである。

「ない！この間使った！」
　十和子の返事には、何やら切羽詰まったものが含まれていた。
　美加子はこれを不信に思った。十和子はさっきまで、台所でのんびりとトーストにバターを塗って食べていたはずなのだ。
　それで、姉の様子を見に行った。
　すると十和子は、かなり慌てながら、奥の部屋で外出着に着替えていた。

「あれ、十和子ちゃん。今日、どっか行くんだったの？」
　美加子は姉のことを、「十和子ちゃん」とも呼ぶ。
「今日、仕事だったの。さっき、ご飯食べてる時に思い出した」

　十和子は調布市にある眼科の医院で、医療事務の仕事を週4日でしている。
　今までは木曜日は休みだったのだが、シフトに変更が出たのを、すっかり忘れていたのだ。