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1-1 比良坂高校の噂
「比良坂高校の解剖室の壁には、腹を割かれた人間が貼り付けられているそうですよ」
わざとらしく声を潜ませて告げられた後輩の言葉に、アゲハは露骨に顔をしかめてしまった。
止めていた手を再び動かし、アゲハはうんざりとした気持ちで立花から視線を外す。珍しく真剣な顔で話があると言ってきたので、てっきり相談事かと思って勉強を中断したのだが、どうやらそれは時間の無駄だったようだ。
「ちょっとちょっと、ちゃんと聞いてくださいよ! 折角新しい都市伝説を仕入れたんですから!」
アゲハに無視されたのが不本意だったのだろう、立花はギャンと騒いで体を揺さぶってきた。相変わらずうるさい子だなと思いながら、アゲハはさりげなく手を振り払って素っ気なく告げる。
「そんなことで勉強の邪魔をしないでくれよ。今日の授業は重要なところだったから、今のうちに復習をしておきたいんだ」
「あー、そういうこと言います!? 言わせてもらいますけど、部活動中にノートを開いてる先輩と新たに情報を仕入れてきた私だったら、絶対に私の方が真面目に部活に取り組んでいるんですからね!」
痛いところを突かれて、アゲハは苦い顔をする。憎たらしいが、確かに立花の言い分は正しい。何故ならアゲハが居るのはオカルト研究部の部室で、今はその活動時間なのだから。
こんなことになるならオカ研なんかに入らなきゃよかった、とアゲハは内心毒づく。本当は帰宅部がよかったのだが、必ずなんらかの部活に加入しなくてはならないという意味のわからない校則のせいで、泣く泣く入部することになったのだ。
オカ研を選んだ理由は単純。暇そうだったから。部員も少なく、研究部とは名ばかりで雑談のたまり場にしかなっていなかったので、これならサボっても怒られずに済むと判断したからだ。
実際、最初の一年はそうだった。先週体験入部してきた、じゃじゃ馬の後輩に毎日部室に引きずられるようになるまでは。
とはいえ、やることがないのは変わらない。精々オカルトマニアである後輩の不気味な蘊蓄を聞き流す仕事が増えただけだ。だから今日も勉強をしながら部活が終わる時間までやり過ごそうと思っていたのだが、立花はそれでは不満なようだった。
アゲハはノートを閉じると、勝ち誇った顔でふんぞり返っている立花に刺々しく吐き捨てる。
「大体、その話には無理があるだろ。この高校に解剖室なんてものは存在しないんだから」
そう。今時の学校はどこもそうかもしれないが、アゲハの通う比良坂高校に解剖室なんてものはそもそもないのだ。
あるはずのない教室の怪談を語られたって、少しも怖くないし興味も湧かない。そんな冷たい言葉で切り捨てれば、先程までのドヤ顔はどこへやら、立花はしおしおと元気をなくすのだった。
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