18人が本棚に入れています
本棚に追加
「そうなんですよねぇ、そこなんですよ。昔はこの学校にも解剖室があったって噂はあるんですけど……」
「噂だけだろ。先生達だって解剖室なんてなかったって言っているんだから」
「でも、でもでも、万が一ってこともあるじゃないですか。きっとこの校舎のどこかに、隠された秘密の教室が……!」
食い下がる立花に、アゲハは漫画の読みすぎだと苦言を零す。それでもなお苦しい言い訳を思いつこうとしている様子の立花に、それまで成り行きを見守っていた部長の姫川がついに口を挟んだ。
「私の祖母もこの高校の卒業者なのだけれど、そんな教室はなかったと言っていたわ。年代的にも、祖母が知らなければ解剖室もなかった可能性が高いわね」
姫川に穏やかに諭され、立花はついに諦めたようだった。僕のときはしつこかったくせにとアゲハは唇を尖らせたが、誰からも慕われる優等生の言うことなのだから、アゲハなんかよりもずっと説得性があるのだろうと自分を無理やり納得させる。
「でも、夜永君も勉強を優先しすぎるのはどうかと思うわ。確かにうちはろくに活動をしていないけれど、一応は部員なのだから、あまりノートは広げていてほしくないな」
「……はい。すみませんでした」
やんわりと指摘されて気まずい思いになっていると、ほんの少し悪戯っぽく微笑まれる。
「それにほら、突然先生が入ってきちゃったりなんかしたら怒られちゃうでしょう?」
茶目っ気のある言葉に、ああこういうところがあるから反感を買いにくいのだろうなとアゲハは感心する。ただ注意するだけよりも、共犯者めいた言葉を付け加えられる方が、彼女に親近感が湧いて腹が立たなかった。
そんな遊び心を持ち合わせた部長は、自慢の綺麗な髪を耳にかけながらこんなことを言い出す。
「だけど、時間を持て余してしまっているのも事実だものね。だから……そうね、一つ面白い話でもしましょうか」
「面白い話?」
「姫川先輩が怪談を語ってくれるんですか!?」
瞬く間に元気を取り戻して身を乗り出した立花に、姫川はたいした話ではないのよと謙遜する。
「真波ちゃんなら聞いたことがあるかもしれないわね。この町には、毎年春になると旅人がやってくるのよ」
「旅人?」
初耳だったのか、立花が不思議そうに首を傾げた。
「ええ、そうなの。一体どこから来るのか、そして何故この町を訪れるのか、それは誰も知らない。ただ一つだけ確かなのは、桜の花が咲く頃になると、必ず美しい顔をした旅人がやってくる。それだけよ」
姫川が語る噂話に、アゲハは素直に聞き入る。確かに興味深い話かもしれない。少なくとも、腹の割かれた人間が貼りつけにされている教室の話なんかよりはずっと。
「その旅人の目的は、なんなんでしょうね?」
アゲハが疑問を口にすれば、姫川はかぶりを振る。
「わからないわ。でも、きっとその人に会ったら一目で察するはずよ。彼が噂の旅人なんだってね」
「それは……どうしてですか?」
アゲハの問いに、姫川はおもむろに頭を指さして。
彼は毒花の冠を被っているのだと、微笑みながら告げるのだった。
最初のコメントを投稿しよう!