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「本当に良かったのでしょうか?」  小高い山の上。移動した屋敷からは、空にたなびく濃い霧が見える。夏だというのに、しっとりとした冷たい風が吹き抜けていく。 「何がです?」 「あそこを離れてしまって。だって薫重(くんじゅ)さんがいなくなったら、あの土地は神さまから見捨てられたということになってしまうのでしょう?」 「大丈夫ですよ。立花家が務めを果たせなくなったら、また新しい家が務めを果たすでしょう。少しばかり荒れるかもしれませんが、あそこを治めてくれる神を見つけるのもそこに住む者の役目です。あなたが心配する必要はありません」 「でも……」 「そもそも雨音(あまね)を虐げていた人間が住んでいた土地など、守ってやりたいとは思えません。(たた)り、(けが)れをばらまいたりしないだけ、ましだと思ってほしいですね」  過激な言葉に、どうしてか嬉しくなる。本当はこんな荒ぶる神にしてしまってはいけないのだろうけれど、真っ直ぐな愛情が彼女には愛おしかった。  名を取り戻した雨音(あまね)は、日毎に美しくなっている。ようやっと水を得た荒れ地の花のように。雨音(あまね)の首筋に顔をうずめながら、薫重(くんじゅ)がうめいた。 「もう待ちきれない」 「まあ、もしかしてお腹が空いてしまったのですか」  くすくすと楽しそうに笑う雨音(あまね)を引き寄せ、薫重(くんじゅ)が深く口づける。自分を傷つけることのない牙に舌で触れれば、薫重(くんじゅ)(こら)えきれないようにささやいた。 「そう、僕はずっと空腹なんです。それなのにあなたときたら、僕のことを人買いか何かのように扱って」 「まあ、頭から全部食べられてしまいそう」  甘く体に染み渡る神の息吹きを受け、雨音(あまね)は目尻をほんのりと赤く染めた。
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