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 口の中に、甘く不思議な味わいが広がった。 (……ああ、喉の渇きが薄れていく。これは、一体なに?)  目を開ければ、洋装の美青年がこちらをのぞき込んでいた。こぼれ落ちる銀の髪が麗しい。ゆっくりと瞬きをして、(おと)は小さく息をはいた。 「まあ、極楽というのはなんとも洋風なところなのね。どうしましょう、こちらの殿方に言葉は通じるのかしら」  記憶にあるのは、神社までの道すがら睡蓮を見ていたところまで。それが目を覚ましてみれば、信じられないほどモダンな部屋の中にいる。手触りのある夢を見られるほど、(おと)は舶来品に詳しくない。ならば、ここはあの世としか思えなかった。 「お嬢さん、ここは彼岸ではありませんよ」 「……それでは、(かどわ)かしでしょうか。申し上げにくいのですが、(さら)う人間をお間違いですよ。私は確かに立花(たちばな)家の長女(おと)ではありますが、跡取りになるのは妹の有雨子(ゆうこ)のほうです。両親が私のために身代金を払うことはありません」 「(おと)?」  彼は自分の存在さえ知らなかったのかもしれない。首を傾げる青年を見て、(おと)は胸が痛んだ。 「どうぞこの件はなかったことにして、私を帰してくださいませ。決して誰にも漏らしはしません。それがお互いのためでございます」  淡々と頭を下げながら詫びれば、青年が怪訝そうな顔をした。 (困ったわ。私たち家族のことを話しても信じていただけるかどうか)  青年が頬をかいた。 「僕は人拐いではありません。熱射病にかかって我が家の前で倒れていたあなたを発見し、家の中にお連れしたのです」 「まあ、それはご親切にどうもありがとうございます。大変な失礼をしてしまいまして……」 「いいえ、かよわい女性が見知らぬ男と一緒なのですから、心配されるのも当然です。どうぞ、お気になさらず」  穏やかな声音に、(おと)はほっとする。 「ありがとうございます。すみません、今は何時頃でしょうか……」  部屋の中には、時計が見当たらない。帰りの時間が遅くなれば、また母に叱られるだろう。心配する音に、青年は顔を曇らせた。 「先ほどまで倒れていたのです。もう少し休んで行ったほうがよいでしょう」 「ですが、言いつけられた用事も終わっておりませんし……」 「ああ、あなたが運んでいた荷物のことですね。それは、後から一緒に運ぶということでどうでしょう。まだ時間もそれほど経ってはいませんし」 「……私、用事の内容をお伝えしていたでしょうか」 「いいえ。とはいえ、この先にあるのは、神社だけですからね。用事の内容は予想がつきます」  目を丸くしていると男がちりんとベルを鳴らした。可愛らしいお仕着せを着た女性が、何やらお茶の準備を始めている。 「まずは腹ごしらえといきましょう」
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